新・古代学の扉
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古田史学会報
(講演記録を含む)

古田武彦
古賀達也
津軽を論ず
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神武東征と天孫降臨
短里と二倍年暦
九州年号
法隆寺移築論争
 
第一巻
親鸞ー人と思想ー
第二巻
 親鸞思想
第三巻
わたしひとりの親鸞

 
 
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古田史学会報

古田 武彦

時の止まった歴史学ーー岩波書店に告ぐ(会報95号)

 
逃げざる陵墓
さよなら!「邪馬台国」
出雲王朝と出雲銅鐸
日本のはじまり
古事記と日本書紀の史料批判
三角縁神獣鏡の盲点

死せる和田喜八郎氏生ける古田武彦らを走らす

 
「天皇陵の史料批判」(『天皇陵を発掘せよ』三一書房)
邪馬壹国の論理性 「邪馬台国」論者の反応について

「邪馬壹国の史料批判」古田武彦を掲載
『邪馬台国の常識』松本清張篇(毎日新聞社 昭和49年11月1日)より
 
決定的一級史料の出現 和田家文書をめぐって(会報1号)
探求道々 (会報2号)
和田家文書は真作である 大和桜の反証(会報3号)
学問の大道 (会報5号)
古田武彦が読む『日本の神話を考える』上田正昭著(会報6号)
北海道を知る (会報8号)
深謝の言葉(会報11号)
和田家絵画の史料批判 「筆跡鑑定」の史料批判 <序説>(会報14号)
「故中谷義夫氏をしのぶ会」で研究報告古田先生の近況
    史料批判の方法について (会報15号)
神武ショックと銅鐸埋納 出雲紀行(会報17号)
「縄文燈台」物理的には可能 故秋田一季御霊に捧ぐ(会報19号)
歴史ビッグバンの現在 報告 水野孝夫(会報21号)
芭蕉隠密拒絶説の発見(会報23号)
『歎異抄』と現代(会報26号)
失われた『万葉集』(会報27号)文責 編集部
倭国における「九州」の成立
李白の詩に寄せて(会報30号)
貨幣研究 第一回(会報31号)
九州王朝の貨幣と正倉院文書(会報32号)文責 編集部
「日の丸」と「君が代」の歴史と自然認識について
プロジェクト貨幣研究
(会報33号)
貨幣研究 第三回
 書評 三角縁神獣鏡(会報34号)
和田喜八郎氏に捧ぐ(会報34号)
高良山の「古系図」(会報35号)
「両京制」の成立−−九州王朝の都域と年号論−−(会報36号)
新春福岡講演要旨
「九州王朝の秘密」<倭国の史料批判> 力石巌(会報36号)
村岡典嗣論 時代に抗する学問(会報38号)
日本国家に求める 箸墓発掘の学問的基礎(会報40号)
天皇陵の軍事的基礎 (会報41号)
つばする天空 (会報41号)
真実と歴史と国家 ー二十一世紀のはじめにー〈会報42号〉
天皇陵の軍事的基礎<II> (会報43号)
銅鏡の軍事的意義ーー考古学者の回答を求めるーー〈会報44号)
二〇〇一年四月十二日浙江大学日本文化研究所訪問記念講演要旨
 四月十六日北京外国語大学日本学研究センター訪問記念講演要旨
  (会報44号)
教科書の聖域 (会報45号)
靖国参拝の本質(会報46号)
日本の原理主義批判(会報48号)
─天皇家に先立つ九州王朝─ 藤沢 徹
◎参考第三回 古代武器研究会を傍聴して
古代の軍事要塞─考古学の遠近法(神籠石の写真) 展示
教科書犯罪(会報50号)
偽書の史料批判
ー二つの偽書論ー (会報51号)
報告愛媛に古田先生を迎えて (会報51号)
古田武彦著作集序文(会報51号)
倭(ヰ)人と蝦(クイ)人 (会報52号)
歴史の曲がり角(一)
  ウラジオストックの発見(会報53号)
国際教育シンポジウムにおける古田武彦氏の発言
 テーマ二一世紀教育における「公」・「共」・「私」をめぐって
 (会報55号)
歴史の曲がり角(二)
   ─重層地名学─ (会報55号)
歴史の曲がり角(三)
 ─魏志倭人伝の史料批判─ (会報56号)
稲荷山鉄剣銘文の新展開について
―「関東磯城宮」拓出と全面調査―(会報59号)
批判のルールーー飯田・今井氏に答える(64号)
森嶋通夫を偲ぶー木村氏に答えてー(67号)
「万世一系」の史料批判(会報73号)
『なかった』の創刊にさいして
  「磐井の乱」造作説の徹底(会報74号)
寛政原本と古田史学(会報81号)
 
古賀 達也
秋田孝季奉納額の「発見」 偽書説と真実 (会報1号)
寛政奉納額鉄剣に銘文 勇気ある証言と新発見(会報2号)
和田家史料の「戦後史」 (会報3号)
『東日流外三郡誌』の真作性 法興年号の一視点(会報4号)
寛政宝剣額の論理 江戸時代の「藩」表記について (会報5号)
「山王日枝神社」考(1) (会報6号)
「山王日吉神社」考(2) 「民活」偽作論の虚妄(会報7号)
「平成・諸翁聞取帳」起筆にむけて
 菅江真澄は日吉神社に行っていない(会報8号)
『平成・諸翁聞取帳』天の神石(隕石)編(会報10号)
山口家文書「庄屋作左衛門覚書」考
 『隋書』身再*牟羅国記事についての試論(会報11号)
九州王朝への一切経伝来 (会報12号)
宝剣額偽造説の変節
 和田家文書『武州雑記帳』の史料状況(会報13号)
<出土していた縄文の石神
 地に落ちた偽作キャンペーン(会報16号)
『奥の細道』芭蕉自筆本と筆跡学の水準
 天国在銘刀と和田末吉(会報18号)
和田家文書と秋田家  (会報19号)

百済年号の発見 (会報20号)
「言語考古学」の成立(序説) (会報22号)
 「芭蕉自筆『奥の細道』」真偽論争の現況
和田家資料(出土物)公開の歴史(会報23号)
玉垂命と九州王朝の都(会報24号)
高良玉垂命と七支刀 (会報25号)
稲員家と三種の神宝(会報26号)
みかさの山にいでし月かも??(会報28号)
九州王朝と「旧撰姓氏録」
 芭蕉自筆『奥の細道』を見る(会報29号)
人代歴と年代歴が示す「九州年号」(会報30号)
百済武寧王陵碑「改刻説」補論 古代貨幣異聞(会報31号)
多利思北孤の瀬戸内巡幸 『豫章記』の史料批判(会報32号)
『秘庫器録』の史料批判(1) 古田先生と「三前」を行く(会報33号)
「君が代」の「君」は誰か 『秘庫器録』の史料批判(2)(会報34号)
染色化学から見た万葉集 紫外線漂白と天の香具山(会報35号)
学問の方法と倫理(序)すべての古田学派へ(会報36号)
九州王朝と鵜飼 『秘庫器録』の史料批判(3)(会報36号)
学問の方法と倫理一 『「邪馬台国」はなかった』の眼目(会報37号)
学問の方法と倫理二 歴史を学ぶ覚悟(会報38号)
聖徳太子の南岳禅師後身説話と『七代記』の史料批判(会報38号)
>学問の方法と倫理三 フィロロギーと論証責任(会報39号)
天の長者伝説と狂心の渠 (会報40号)
学問の方法と倫理四 筑紫都督府の作業仮説 (会報40号)
学問の方法と倫理五 論証と傍証 (会報41号)
学問の方法と論理六 史料批判か史料否定か(会報42号)
「三笠山」新考 和歌に見える九州王朝の残映(会報43号)
筑後地方の九州年号 古代九州王朝の真実(会報44号)
八女郡星野村行 反哉(はんや)舞とチンのウバ塚 (会報45号
倭王の「系図」と都域
 八女郡星野村行 人麿神社とチンのウバ塚会報46号〉
短里と長里の史料批判
 ー『三国志』中華書局本の原文改定ー〈会報47号)
“カメ”(犬)は「外来語」か
 『東日流外三郡誌』偽作説と学問の方法〈会報47号)
短 里と長里の史料批判(補論)
 論語と孟子の百里(会報48号)
盗まれた降臨神話 (会報48号)
『古事記』神武東征説話の新・史料批判
盗まれた年号
 ー白鳳年号の史料批判ー
(会報48号)
法隆寺移築論の史料批判
 ー観世音寺移築説の限界ー(会報49号)
随想 月 三題(会報49号)
よみがえる倭京(太宰府)
 ー観世音寺と水城の証言ー(会報50号)
 新・古典批判「二倍年暦の世界」1
仏陀の二倍年暦(前編)(会報51号)
「二倍年暦の世界」2 仏陀の二倍年暦(後編)(会報52号)
古田史学から見た『新しい歴史教科書』
 志賀島の金印の読み方(会報52号)
「二倍年暦の世界」3 孔子の二倍年暦(会報53号)
学問の方法と倫理 九  (会報53号)
 熟田津論争によせて ─福永・平松論稿を検証する─
孔子の二倍年暦(会報53号)
新・古典批判「二倍年暦の世界」4
ソクラテスの二倍年暦(会報54号)
再び熟田津論争によせて(55号)
『平家物語』の九州年号(58号)
二倍年暦の世界5『荘子』の二倍年暦(58号)
市民タイムス善光寺如来と聖徳太子(58号)
「宇佐八幡宮文書」の九州年号(59号)
二倍年暦の世界『曾子』『荀子』の二倍年暦(59号)
「九州年号」真偽論の系譜新井白石の理解をめぐって(60号)
二倍年暦の世界7 アイヌの二倍年暦(60号)
九州王朝の近江遷都(61号)
続・「九州年号」真偽論の系譜((62号)
ローマの二倍年暦(63号)
本居宣長『玉勝間』の九州年号(64号)

明治天皇が見た九州年号(65号)
 「太宰府」建都年代に関する考察

久留米藩宝暦一揆の庄屋たち(66号)
西溝尻村庄屋六朗左衛門と百姓勘右衛門
和田家文書裁判での原文改訂ー歪曲引用された仙台高裁判決文ー(66号)
「禁書」考ー禁じられた南朝系史書(67号)
「伊予風土記」新考(68号)
 
津軽を論ず
編集の都合上24号より、一部こちらに移しています。
『東日流外三郡誌』公刊のいきさつ(会報4号)
和田家文書との出会い(1) (会報5号)
和田家文書との出会い(2)
 『東日流外三郡誌』 は偽書ではない
(会報6号)
和田家文書との出会い(3)
 東日流外三郡誌は偽書ではない(2)(会報7号)
和田家文書との出会い(4)『角田家秘帳』模写 のいきさつ
 東日流外三郡誌は偽書ではない(3)(会報8号)
偽作論者に反論する 長作爺さんの思い出 (会報9号)
和田家文書との出会い(5)
山王坊発掘調査と『東日流外三郡誌』の一致
  偽作論者への反論(後編)
四千幾百冊もの偽作は不可能 (会報10号)
東北と西南との相異なる古代 (会報12号)
東北日本の古代考八十万年 (会報14号)
茅葺き屋根三階高楼で復原を(会報16号)
事実無根の名誉毀 損を許さない (会報17号)
仙台高裁、「盗作説」を退ける (会報18号)
秋田一季様、御逝去のご報告 (会報19号)
師表としての二先生の御指摘(会報20号)
天内家と天内山 (会報23号)
 偽書論をキーワードにした者達に一言
孝季眩映 〈古代橘氏の巻〉(会報24号)
山王日吉神社のこと (会報25号)
支倉常長と山口与市(会報26号)
古代津軽の稲作について 冬の夜の回想(会報27号)
孝季眩映ーー菅江真澄の巻(会報28号)
『東日流外三郡誌 』裁判判決の解説 判例タイムズが紹介
極北東の古代文化波及 (会報30号)
菅江真澄疑考 「日の本」の巻(会報32号)
北天の誓者は強し(会報35号)
菅江真澄が見た「日和山」(会報35号)
“カメ”(犬)は「外来語」か
 『東日流外三郡誌』偽作説と学問の方法〈会報47号)
『十三の冥府』読後感(会報63号)
秋田孝季の中近東歴訪と和田家文書の謎(64号)
 
古田史学会報
○ 1号(1994年 6月30日)
 2号(1994年 8月18日)
 3号(1994年11月 3日)
 4号(1994年12月26日 )
○ 5号(1995年 2月26日)
山王日吉神社宮司 松橋徳夫氏の証言
 宝剣額は日吉神社にあった
○ 6号(1995年 4月26日
 公刊の真実 青森・市浦村元村長 白川治三郎
○ 7号(1995年 6月25日
 「金光上人史料」のいきさつ

 
佐藤堅瑞氏(西津軽郡柏村・淨円寺住職)に聞く
○ 8号(1995年 8月15日)
○ 9号(1995年 9月25日)
10号(1995年10月30日)
11号(1995年12月25日)
12号(1996年 2月20日)
13号(1996年 4月22日)
14号(1996年 6月 1日
15号(1996年 8月15日)
16号(1996年10月15日)
 昭和四六年に『東日流外三郡誌』約二百冊を見 た
  永田富智氏(松前町史編集委員)へのインタビュー
17号(1996年12月28日発行)
18号(1997年 2月26日発行)
19号(1997年 4月26日発行)
20号(1997年 6月16日発行)
2号(1997年 8月25日発行)
22号(1997年10月27日発行)
23号(1997年12月28日発行)
24号(1998年 2月24日発行)
25号(1998年 4月27日発行)
26号(1998年 6月10日)発行
27号(1998年 8月15日)発行
28号(1998年10月12日)発行
29号(1998年12月 1日)発行
30号(1999年 2月 2日発行)
31号(1999年 4月 1日)発行
32号(1999年 6月 1日発行)
33号(1999年 8月 8日発行)
34号(1999年10月11日発行)
35号(1999年12月12日発行)
36号(2000年 2月14日発行)
37号(2000年 4月 4日発行)
38号(2000年 6月12日発行)
39号(2000年 8月 8日発行)
40号(2000年10月11日発行)
41号(2000年12月12日発行)
42号(2001年 2月22日発行)
43号(2001年 4月22日発行)
44号(2001年 6月 6日発行)
45号(2000年 8月 1日発行
46号(2001年10月 5日)発行
47号(2001年12月12日)発行
48号(2002年 2月 5日)発行
49号(2002年 4月 1日)発行
50号(2002年 6月 1日)発行
51号(2002年 8月 8日)発行
52号(2002年10月 1日)発行
53号(2002年12月 3日)発行
54号(2003年 2月11日)発行
55号(2003年 4月 1日)発行
56号(2003年 6月 8日)発行
57号(2003年 8月 8日)発行
58号(2003年10月10日)発行
59号(2003年12月 3日)発行
60号(2004年 2月 5日)発行
61号(2004年 4月 1日)発行
62号(2004年 6月 1日)発行
63号(2004年 8月 8日)発行
64号(2004年10月12日)発行
65号(2004年12月 9日)発行
66号(2005年 2月 9日)発行
67号(2005年 4月 8日)発行
68号(2005年 6月 1日)発行
69号(2005年 8月 8日)発行
 

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著作 古田史学の会及び提供団体、個人