新古代学の扉

案内

論文

英文があります
学問の未来
万葉の覚醒
人麻呂の運命
親鸞思想
 

古田史学会報

古田武彦(案内のみ)
古賀達也
津軽を論ず
 
 
神武東征
  と天孫降臨
短里と二倍年暦
九州年号
法隆寺移築論争
吉野と熟田津
国引神話
と出雲王朝
好太王碑論争
和田家文書
東日流外三郡誌

 
海の古代史
 
第一巻
親鸞--人と思想
第二巻
親鸞思想
第三巻
わたしひとりの親鸞
 
「邪馬台国」は
  なかった
失われた
  九州王朝
盗まれた神話
邪馬壹国の論理
ここに
古代王朝ありき
倭人伝を
徹底して読む
 
よみがえる卑弥呼
 
古代史を疑う
 
古代は沈黙せず
 
真実の東北王朝
 
人麿の運命
 
古代史の十字路
-- 万葉批判
 
壬申大乱
 
多元的古代の成立
(上)  (下)
 
九州王朝の歴史学
 
失われた日本
 
古代の霧の中から
 
天皇陵を発掘せよ
 
邪馬台国論争
  は 終った
 
古代史の宝庫九州
 
邪馬一国への道標
 
邪馬一国の証明
 
よみがえる
 九州王朝
 
吉野ヶ里の秘密
 
邪馬壹国から
 九州王朝へ
 
東日流
[内・外]三郡誌
 
奪われた国歌
「君が代」
 
古代は輝いていた
  IIIIII
 
古代史を開く
 
古代史をゆるがす
 

ミネルヴァ日本評伝選
 『俾弥呼ひみか

 
俾弥呼の真実
 
史料批判のまなざし
 
現代を読み解く
  歴史観
 
真実に悔いなし
 
神の運命
 

九州王朝

九州年号
 
 
会誌案内
市民の古代
 
新・古代学
 
なかった
 
古代に
 真実を求めて
 
電子書籍
 
中村幸雄論集
 
神武が来た道
 
■三宅利喜男論集
 

資料編

●寄稿
日本国の原風景
 
一士官候補生の
戦後の体験
 
旅の記憶
 
古田史学入門講座
 
新説 伊予の古代
 
地名が解き明かす
  古代日本
 
葬られた驚愕の古代史
 
「日出処の天子」は誰か
 
 
和田家資料 1
      
 
北鑑(きたかがみ)
 
 
『琴歌譜』の
楽譜と和琴の祖型
 
「戦後型皇国史観」
に抗する学問
 
古田武彦
  研究年譜
 
 
市民の古代索引
 
 
いろは歌留多
 
洛中洛外日記 '05 
洛中洛外日記 '06 
洛中洛外日記 '07
洛中洛外日記 '08
・洛中洛外日記 '09
洛中洛外日記 '10
洛中洛外日記 '11

洛中洛外日記 '12

洛中洛外日記 '13

洛中洛外日記 '14
洛中洛外日記 '15
洛中洛外日記は、
ブログに集約
 
邪馬台城 総覧
人の下に人を造らず
 

Video講演

古田武彦

古賀達也

正木裕
 
2019年3月〜9月
  関西協賛講演会報告
2019年10月〜
関西協賛講演会案内 ・報告
 

リンク

歴史探訪
東京古田会

古田武彦記念
 古代史セミナー実施報告

多元的古代
 研究会
九州古代史の会
同上会報
古田史学の会
  ・東海
古賀達也の
洛中洛外日記ブログ

La-Balsa
  
多元的「国分寺」
研究サークル
 
古田史学の会
古田史学の会事務局長
正木裕
〒666-0115
兵庫県川西市
向陽台1-2-116
【電話番号】
090−4909−8158
 
Internet担当
●横田幸男
【住所】
 大阪府大阪市生野区
 勝山北5-10-3
【電話番号&FAX】
06−6770−5329

事務局便り

 

新古代学の扉

入会案内

お断り:このホームページとブログ「古賀達也の洛中洛外日記」は別構成です。
      検索は別々に行ってください。

 HP内検索エンジン
  検索オプション

 

▼ 案内 講演会  例会関西東海

 2020年 1月 28日改訂

1,ブログ古賀達也の洛中洛外日記

 ブログを2068話まで掲載

 「前期難波宮副都説反対論者への問い」、「二中歴」、二倍年暦、および九州王朝の「東大寺」問題はブログで展開しています。

 2059話2060話2061話2062話

 2063話2064話2065話

 new2066話2067話2068話を掲載

2,三宅利喜男論集を設置

同様に中村幸雄論集神武が来た道(伊東義彰氏)が公開されています。

 

3,2019年3月〜9月
  関西古田史学協賛講演会報告を設置

 

4,関西古田史学協賛講演会 案内 ・報告を設置

 10月度講演会報告

10月15日(火):午後6時45分〜8時15分、市民古代史の会・京都で服部氏講演報告を掲載

 11月度講演会報告

11月 5日(火):午前10 時〜午後5時、古代大和史研究会で「史実伝承の断絶」で報告を掲載

11月19日(火):午後6時45分〜8時15分、市民古代史の会・京都で正木氏講演

11月22日(金):午後6時30分〜20時 誰も知らなかった古代史の会で服部氏講演報告を掲載

 12月度講演会案内

12月 3日 午前10時〜12時 古代大和史研究会で正木氏講演報告を掲載

 

 2020年 1月度講演会案内

 1月31日(金):午後6時30分〜20時 誰も知らなかった古代史の会で正木氏講演

 

       2月度講演会案内

 2月 4日(火) 午前10時〜12時 古代大和史研究会で正木氏講演

 2月11日(火):午後6時45分〜8時15分、和泉史談会で正木氏講演

 2月18日(火):午後6時45分〜8時15分、市民古代史の会・京都で正木氏講演

 


Facebook古田史学の会 へ

英文ホームページBack to the Future へ

国際人間観察学会Phoenix - Goddess of truth never dies へ

中国語ホームページ史之路 へ


◎「古田史学」研究サイト@なんば.opu案内
大阪府立大学I-siteなんばまちライブラリーの交通アクセスはここから
開館時間: 火〜土 13:00〜20:00
       上記のうち、祝日は13:00〜17:00

まちライブラリー@大阪府立大学をご利用いただくには会員登録が必要です。
会員登録時に、実費(500円)が必要です。

住所:大阪市浪速区敷津東2-1-41南海なんば第1ビル3階まちライブラリー内
 アクセスは、南海電鉄難波駅 なんばパークス方面出口より南約800m 徒歩12分
 地下鉄なんば駅(御堂筋線)5号出口より南約1,000m 徒歩15分
 地下鉄大国町駅(御堂筋線・四つ橋線)1号出口より東約450m 徒歩7分です。

「古田史学」研究サイトの蔵書目録です。

 

古賀達也の洛中洛外日記
第2060話 2020/01/01

元旦の奈良新聞に「名刺広告」掲載

 令和二年元旦の奈良新聞に「古田史学の会」の名刺広告を掲載していただきましたので、皆様にご報告します。
 昨年末にも「古田史学の会」が共催する「新春古代史講演会2020」(2020/01/19、会場:アネックスパル法円坂)の無料招待券プレゼントの案内記事を奈良新聞に掲載していただきました。心より感謝しています。

 
 

古賀達也の洛中洛外日記
第2061話 2020/01/02

『古代に真実を求めて』23集の初校が届きました

 本日、明石書店から『古代に真実を求めて』23集の初校が届きました。担当されている編集部の森さんがお忙しいようで、例年よりも二週間ほどペースが遅れています。それでも、出版時期は例年通りの3月末頃にしたいとのことで、執筆者による校正作業をお急ぎいただくことになりました。そのため、わたしは残りのお正月休みに校正作業を行う予定です。会社が始まると、年始挨拶の出張が続き、自宅に戻れない日々がしばらく続きますので。
 まだ、本のタイトルが最終決定されていませんので、わたしが執筆した巻頭言は、タイトル決定を待ってから著者校正に入らなければなりません。
 今回の特集コンセプトは、『日本書紀』成立千三百年の今年にあわせて、『日本書紀』や『古事記』の中の九州王朝の痕跡を明らかにするというものです。今年は『日本書紀』をテーマにした書籍が多数出版されることが予想されますので、「古田史学の会」でなければ掲げることができないテーマを設定し、近畿天皇家一元史観との明確な差別化をはかりました。ご期待下さい。

 
 

古賀達也の洛中洛外日記
第2062話 2020/01/11

久しぶりの「銅鐸博物館」(滋賀県野洲市)訪問

 先日、数年ぶりに滋賀県野洲市にある「銅鐸博物館」を訪れました。交通の便はあまり良くありませんが、古代史ファンには是非訪れて欲しい博物館の一つです。野洲市からは国内最大の銅鐸を始め大量の銅鐸が出土しており、同館には多くの銅鐸が展示されています。
 弥生時代の二大青銅器圏の一つ、銅鐸圏の王権についての研究は『三国志』倭人伝のような史料がありませんから、その全容は謎のままです。古田説によれば神武東征を史実とされています。すると、『古事記』『日本書紀』の神武東征説話などに銅鐸圏の王者と思われる人物が見えます。『古代に真実を求めて』23集に掲載予定の拙稿「神武東征譚に転用された天孫降臨神話」にも記していますが、神武記の東征説話に見える、神武と戦った登美毘古こそ銅鐸圏の有力者と思われます。拙稿では神武東征記事中の「天神御子」説話は天孫降臨神話からの転用であることを論証しましたが、登美毘古との戦闘記事は「天神御子」説話ではないことから、神武等と銅鐸圏勢力との戦闘であると考えられます。
 同様に古田先生が『盗まれた神話』で論証されたように、垂仁紀に見える「狭穂彦王・狭穂姫命」も銅鐸圏の王者であることから、銅鐸圏では「地名+ヒコ(ヒメ)」が王者の名称として使用されていたようです。従って、弥生時代の武器型祭器圏と銅鐸圏はともに「ヒコ(ヒメ)」などの倭語(古代日本語)を使用していたことがわかります。更に、磯城県主(しきのあがたぬし)などの大和盆地内の豪族名から、その行政単位に九州王朝と同じ「県」が使用されていたことも推定できます。
 このように『古事記』『日本書紀』などを根拠とした、銅鐸圏の実態解明が期待できます。どなたか多元史観・古田史学による本格的な銅鐸圏研究をされませんか。

 
 

古賀達也の洛中洛外日記
第2063話 2020/01/12

「九州古代史の会」新春例会・新年会に参加

 帰省を兼ねて、本日の「九州古代史の会(木村寧海代表)」新春例会と新年会に参加しました。会場はももち文化センター(福岡市早良区)、講演テーマは下記の通りでした。中でも古賀市の考古学者、甲斐孝司さんによる船原古墳出土品(馬具など)の最新技術による調査解析方法の説明は圧巻でした。恐らく世界初の技術と思われますが、それは次のようなものでした。

 ①遺構から遺物が発見されたら、まず遺構のほぼ真上からプロのカメラマンによる大型立体撮影機材で詳細な撮影を実施。
 ②次いで、遺物を土ごと遺構から取り上げ、そのままCTスキャナーで立体断面撮影を行う。この①と②で得られたデジタルデータにより遺構・遺物の立体画像を作製する。
 ③そうして得られた遺物の立体構造を3Dプリンターで復元する。そうすることにより、遺物に土がついたままでも精巧なレプリカが作製でき、マスコミなどにリアルタイムで発表することが可能。
 ④遺物の3Dプリンターによる復元と同時並行で、遺物に付着した土を除去し、その土に混じっている有機物(馬具に使用された革や繊維)の成分分析を行う。

 このような作業により船原古墳群出土の馬具や装飾品が見事に復元でき、遺構全体の状況が精緻なデジタルデータとして保存され、研究者に活用されるという、最先端で最高水準の発掘調査方法が、甲斐さんら現地の発掘担当者と九州大学の協力チームにより、それこそ手探りで作り上げられたことが報告されました。
 福岡市天神の平和楼で開催された新年会でも甲斐さんを交えて、考古学の最先端テーマや作業仮説について質疑応答が続けられ、とても有意義な集いとなりました。講師の皆さんをはじめ、「九州古代史の会」の方々に厚く御礼申し上げます。
 二次会でも前田さん(九州古代史の会・事務局長)、金山さん(九州古代史の会・役員)、講師の山下さん、古くからの友人である松中さん(九州古代史の会、古田史学の会の会員)と夜遅くまで天神の居酒屋で歓談し、親睦を深めることができました。

(1)考古学資料に見る天孫降臨
  講師 山下孝義さん(九州古代史の会・幹事)
(2)広開土王碑の中の「倭」
  講師 木村寧海さん(九州古代史の会・代表)
(3)鹿部田淵遺跡・船原古墳について
  講師 甲斐孝司さん(古賀市教育委員会 文化課業務主査)

 
 

古賀達也の洛中洛外日記
第2064話 2020/01/15

『九州倭国通信』No.197のご紹介

 先日参加した「九州古代史の会」新春例会で、会報『九州倭国通信』No.197を頂きましたので紹介します。
 同号には拙稿「『古田武彦記念古代史セミナー』の情景」を掲載していただきました。昨年11月に開催された「八王子セミナー」の雰囲気を紹介し、九州の古代史ファンに参加を呼びかけました。
 同号の表紙には筑前国分寺(太宰府市国分)の塔礎石跡の写真が掲載され、最終ページに「筑前国分寺の不思議」という説明文が付されていました。その説明によれば、同遺跡からは古式の老司系瓦が出土しており、創建年は天平三年(七四一)の聖武天皇による国分寺創建の詔勅よりも早い可能性が示唆されていました。わたしも九州王朝による多元的国分寺(国府寺)創建という仮説を提起してきましたので、とても興味深い記事と思いました。

 
 

古賀達也の洛中洛外日記
第2065話 2020/01/20

「麛坂王・忍熊王の謀反」は倭国(九州王朝)と銅鐸圏の争い

 一昨日、「古田史学の会」関西例会がアネックスパル法円坂で開催されました。2月と3月はI-siteなんば、4月はドーンセンターで開催します。
 今回の「古田史学の会」関西例会で、最も衝撃を受けた発表が正木裕さん(古田史学の会・事務局長)による〝神功紀(記)の「麛坂王・忍熊王の謀反」〟でした。神功紀などに見える麛坂(かごさか)王・忍熊(おしくま)王と武内宿禰との戦闘譚は、邪馬壹国の女王壹與(いちよ)時代の倭国と銅鐸圏との正規軍同士による戦争説話の神功紀への転用とする仮説です。
 史料根拠も明白であり、論理展開に矛盾や飛躍も無く、仮説としては成立すると思うのですが、『日本書紀』編者がなぜそのような形で転用しなければならないのか、その積極的な理由があるのか、わたしには理解できませんでした。そこで、この仮説に至った理由を正木さんにたずねてみました。
 正木説のポイントは、敗勢になった忍熊王が本拠地の大和ではなく近江方面に逃げようとしたということで、近江の地は後期銅鐸圏の中心領域であり、麛坂王・忍熊王がその地を本拠地としていたと考えれば、この逃避ルートを選んだことがうまく説明できます。この説明を聞いて、わたしもこの正木説の有力性に気づきました。『古田史学会報』での発表が待たれます。
 今回の例会発表は次の通りでした。なお、発表者はレジュメを40部作成されるようお願いします。発表希望者も増えていますので、早めに西村秀己さんにメール(携帯電話アドレス)か電話で発表申請を行ってください。

〔1月度関西例会の内容〕
①装飾古墳の蕨手文と双脚輪状文などの原像(大山崎町・大原重雄)
②「国県制」考(八尾市・服部静尚)
③籠神社の鏡(その2)(京都市・岡下英男)
④武内宿禰は倭王(奈良市・原 幸子)
⑤神功紀(記)の「麛坂王・忍熊王の謀反」(川西市・正木 裕)
⑥神功・応神伝説に関する一考察(茨木市・満田正賢)
⑦『日本書紀』と「③帝紀」の決定的な違い(東大阪市・荻野秀公)

○事務局長報告(川西市・正木 裕)
《会務報告》
◆会費納入状況、新入会員の報告・他
 未納者には『古田史学会報』2月号の発送を停止。

◆「新春古代史講演会2020」(古田史学の会・共催)
 01/19 13:00〜17:00 会場:アネックスパル法円坂(大阪市教育会館)
【演題・講師】
○「難波宮・難波京の最新発掘成果」 13時30分〜15時
 高橋 工氏(一般財団法人大阪市文化財協会調査課長)
○「令和改元と万葉歌に隠された歴史」 15時10分〜16時40分
 正木 裕氏(大阪府立大学講師、古田史学の会・事務局長)
【参加費】1,000円 定員70名(事前予約不要)
【懇親会】当日、会場で受け付けます。(参加費は別途)
【共催団体】和泉史談会、古代大和史研究会、市民古代史の会・京都、誰も知らなかった古代史の会、古田史学の会、ほか

◆「古田史学の会」関西例会(第三土曜日開催) 参加費500円
 02/15 10:00〜17:00 会場:I-siteなんば
 03/21 10:00〜17:00 会場:I-siteなんば
 04/18 10:00〜17:00 会場:ドーンセンター
 05/16 10:00〜17:00 会場:福島区民センター

《各講演会・研究会のご案内》
◆「誰も知らなかった古代史」(正木 裕さん主宰。会場:森ノ宮キューズモール) 参加費500円
 01/31(金) 18:30〜20:00 「『日本書紀』一三〇〇年の欺瞞」講師:正木 裕さん。
 02/28(金) 18:30〜20:00 未定

◆「古代大和史研究会」講演会(原 幸子代表) 参加費500円
 02/04(火) 10:00〜12:00 (会場:奈良新聞本社)
    「誰も知らなかった万葉歌(6)壬申の乱と天武・持統の真実」講師:正木 裕さん。
 03/03(火) 10:00〜12:00 (会場:奈良県立図書情報館)
    「聖徳太子の実像を求めて」講師:正木 裕さん。
 04/07(火) 13:00〜17:00 (会場:奈良県立図書情報館)
    日本書紀完成1300年記念講演会
    講師:正木裕さん、服部静尚さん、満田正賢さん、大原重雄さん、古賀。

◆「和泉史談会」講演会(辻野安彦会長。会場:和泉市コミュニティーセンター) 参加費500円
 02/11(火) 14:00〜16:00 「誰も知らなかった万葉集」講師:正木 裕さん。
 03/10(火) 14:00〜16:00 「(仮)池上曽根遺跡と泉州の古代」講師:高瀬裕太さん(大阪府立弥生文化博物館学芸員)。

◆「市民古代史の会・京都」講演会(事務局:服部静尚さん・久冨直子さん)。毎月第三火曜日(会場:キャンパスプラザ京都) 参加費500円
02/18(火) 18:30〜20:00 「能楽の中の古代史(2)本当は不思議な高砂」講師:正木 裕さん。
03/17(火) 18:30〜20:00 「理系の古代史(その1)二倍年歴の世界」講師:服部静尚さん。
04/21(火) 18:30〜20:00 「理系の古代史(その2)解明された万葉の染と色」講師:古賀達也。

◆「古代講演会in八尾」(会場:八尾市文化会館プリズムホール 近鉄八尾駅から徒歩5分) 参加費500円
 04/11(土) 13:30〜16:30  ①「卑弥呼」から「倭の五王」の世界②「蘇我・物部戦争と河内」講師:服部静尚さん。

◆久留米大学講演会(久留米大学御井キャンパス)
 03/15(日) 講師:服部静尚さん。

 
 

古賀達也の洛中洛外日記
第2066話 2020/01/21

難波京朱雀大路の造営年代(1)

 1月19日に開催された「新春古代史講演会2020」(古田史学の会・共催)では、高橋 工さん(一般財団法人大阪市文化財協会調査課長)と正木 裕さん(大阪府立大学講師、古田史学の会・事務局長)による講演がなされました。テーマは次のとおりで、いずれも最新の研究テーマを含み、新年を飾るにふさわしい優れたものでした。

○「難波宮・難波京の最新発掘成果」高橋 工さん
○「令和改元と万葉歌に隠された歴史」正木 裕さん

 中でも高橋さんの難波京条坊と朱雀大路の発掘調査による最新の報告は新知見と示唆に富んだもので、とても勉強になりました。特に難波京の条坊の有無についての論争にふれられ、〝前期難波宮を造営し、その地を宮都とするのだから、宮都にふさわしい条坊都市が当初から存在したと考えるのが当たり前〟という指摘は素晴らしく論理的です。考古学者からこれほどロジカルな発言を聞くのは初めてのことで、わたしは深く感動しました。
 というのも、わたしも前期難波宮九州王朝複都説に至る前から同様の考えを持っていたからです。そのことを『古田史学会報』123号(2014年8月)の拙論「条坊都市『難波京』の論理」において、次のように記したことがあります。

 【以下、転載】
 わたしは前期難波宮九州王朝副都説を提唱する前から、前期難波宮には条坊が伴っていたと考えていました。それは次のような論理性からでした。

1.七世紀初頭(九州年号の倭京元年、六一八年)には九州王朝の首都・太宰府(倭京)が条坊都市として存在し、「条坊制」という王都にふさわしい都市形態の存在が倭国(九州王朝)内では知られていたことを疑えない。各地の豪族が首都である条坊都市太宰府を知らなかったとは考えにくいし、少なくとも伝聞情報としては入手していたと思われる。
2.従って七世紀中頃、難波に前期難波宮を造営した権力者も当然のこととして、太宰府や条坊制のことは知っていた。
3.上町台地法円坂に列島内最大規模で初めての左右対称の見事な朝堂院様式(十四朝堂)の前期難波宮を造営した権力者が、宮殿の外部の都市計画(道路の位置や方向など)に無関心であったとは考えられない。
4,以上の論理的帰結として、前期難波宮には太宰府と同様に条坊が存在したと考えるのが、もっとも穏当な理解である。

 以上の理解は、その後の前期難波宮九州王朝副都説の発見により、一層の論理的必然性をわたしの中で高めたのですが、その当時は難波に条坊があったとする確実な考古学的発見はなされていませんでした。ところが、近年、立て続けに条坊の痕跡が発見され、わたしの論理的帰結(論証)が考古学的事実(実証)に一致するという局面を迎えることができたのです。この経験からも、「学問は実証よりも論証を重んじる」という村岡典嗣先生の言葉を実感することができたのでした。
 【転載おわり】(つづく)

 
 

古賀達也の洛中洛外日記
第2067話 2020/01/22

難波京朱雀大路の造営年代(2)

 高橋さんの〝前期難波宮を造営し、その地を宮都とするのだから、宮都にふさわしい条坊都市が当初から存在したと考えるのが当たり前〟という論理性に基づく指摘が正しいことを証明するかのように、近年、上町台地から次々と条坊の痕跡が出土しました。たとえば次の遺構です。

1.天王寺区小宮町出土の橋遺構(『葦火』一四七号)
2.中央区上汐一丁目出土の道路側溝跡(『葦火』一六六号)
3.天王寺区大道二丁目出土の道路側溝跡(『葦火』一六八号)

 以上の三件は、いずれも難波宮や地図などから推定された難波京復元条坊ラインに対応した位置からの出土で、これらの発見により難波京に条坊が存在したと考えられるに至っています。とりわけ、2.の中央区上汐出土の遺構は上下二層の溝からなるもので、下層の溝は前期難波宮造営の頃のものとされており、七世紀中頃の前期難波宮の造営に伴って、条坊の造営も開始されたことがうかがえます。
 これらの出土事実に基づく論理の到着点について、『古田史学会報』123号(2014年8月)の「条坊都市『難波京』の論理」において、わたしは次のように説明しました。

 【以下、転載】
 それでも難波京には条坊はなかったとする論者は、次のような批判を避けられないでしょう。古田先生の文章表現をお借りして記してみます。 
 第一に、天王寺区小宮町出土の橋遺構が復元条坊ラインと一致しているのは、偶然の一致にすぎず、とする。
 第二に、中央区上汐一丁目出土の道路側溝が復元条坊ラインと一致しているのは、偶然の一致にすぎず、とする。
 第三に、天王寺区大道二丁目出土の道路側溝が復元条坊ラインと一致しているのは、偶然の一致にすぎず、とする。
 このように、三種類の「偶然の一致」が偶然重なったにすぎぬ、として、両者の必然的関連を「回避」しようとする。これが、「難波京には条坊はなかった」と称する人々の、必ず落ちいらねばならぬ、「偶然性の落とし穴」なのです。
 しかし、自説の立脚点を「三種類の偶然の一致」におかねばならぬ、としたら、それがなぜ、「学問的」だったり、「客観的」だったり、論証の「厳密性」を保持することができるのでしょうか。わたしには、それを決して肯定することができません。
 【転載おわり】(つづく)

 
 

古賀達也の洛中洛外日記
第2068話 2020/01/23

難波京朱雀大路の造営年代(3)

 「新春古代史講演会2020」での高橋さんの講演で、わたしは次の指摘に注目しました。

①前期難波宮は七世紀中頃(孝徳朝)の造営。
②難波京には条坊があり、前期難波宮と同時期に造営開始され、孝徳期から天武期にかけて徐々に南側に拡張されている。
③朱雀大路造営にあたり、谷にかかる部分の埋め立ては前期難波宮の近傍は七世紀中頃だが、南に行くに連れて八世紀やそれ以降の時期に埋め立てられている。

 高橋さんが示された難波京条坊や朱雀大路の造営時期やその発展段階の概要には説得力があり、異論はないのですが、朱雀大路のグランドデザインや造営過程については、なお解決しなければならない問題があるように感じています。というのも、朱雀大路にかかる谷の埋め立ては八世紀段階以降のものがあるとされますが、他方、遠く堺市方面まで続く「難波大道」の造営を七世紀中頃とする調査結果があることから、全ての谷の埋め立ては遅れても、朱雀大路とそれに続く「難波大道」は前期難波宮造営時には設計されていたのではないでしょうか。
 二〇一八年二月の「誰も知らなかった古代史」(正木裕さん主宰)での安村俊史さん(柏原市立歴史資料館・館長)の講演「七世紀の難波から飛鳥への道」で、前期難波宮の朱雀門から真っ直ぐに南へ走る「難波大道」を七世紀中頃の造営とする次のような考古学的根拠の解説を聞きました。
 通説では「難波大道」の造営時期は『日本書紀』推古二一年(六一三)条の「難波より京に至る大道を置く」を根拠に七世紀初頭とされているようですが、安村さんの説明によれば、二〇〇七年度の大和川・今池遺跡の発掘調査により、難波大道の下層遺構および路面盛土から七世紀中頃の土器(飛鳥Ⅱ期)が出土したことにより、設置年代は七世紀中頃、もしくはそれ以降で七世紀初頭には遡らないことが判明したとのことです。史料的には、前期難波宮創建の翌年に相当する『日本書紀』孝徳紀白雉四年(六五三年、九州年号の白雉二年)条の「處處の大道を修治る」に対応しているとされました。
 この「難波大道」遺構(堺市・松原市)は幅十七mで、はるか北方の前期難波宮朱雀門(大阪市中央区)の南北中軸の延長線とは三mしかずれておらず、当時の測量技術精度の高さがわかります。
 この「難波大道」の造営時期と高橋さんの指摘がどのように整合するのかが課題のように思われるのです。(つづく)

 
 

古賀達也の洛中洛外日記
第2059話 2020/01/01

令和二年、年始のご挨拶

 「古田史学の会」会員の皆様、友誼団体の皆様、「洛中洛外日記」読者の皆様、古田武彦ファンの皆様に、新年のご挨拶を申し上げます。
 旧年中は多くのご支援ご協力を賜り、厚く御礼申し上げます。「古田史学の会」は会則第二条に明記されている下記の目的達成のため、新年も努力と挑戦を続けてまいります。変わらぬご支援をお願い申し上げます。

【古田史学の会・会則】
第二条 目的
 本会は、旧来の一元通念を否定した古田武彦氏の多元史観に基づいて歴史研究を行い、もって古田史学の継承と発展、顕彰、ならびに会員相互の親睦をはかることを目的とする。

 この目的達成のための新年最初の事業として、1月19日(日)の「新春古代史講演会2020」を友誼団体(和泉史談会、古代大和史研究会、市民古代史の会・京都、誰も知らなかった古代史の会)と協力して開催します。更に、春には古田史学論集『古代に真実を求めて』23集を明石書店より発刊します。皆様のご参加ご購読をお願い申し上げます。
 また、会員や運営スタッフを募集しております。数多くの事業に「古田史学の会」は取り組んでおりますが、さらに広く古田史学を訴えていくためにも、運営体制の強化が不可欠です。可能な範囲でかまいませんので、「古田史学の会」の事業へのご協力をお願い申し上げ、新年のご挨拶とさせていただきます。

 
 

史料として古田史学会報138号まで公開しています。

 



 

講演会案内

 

 


 

 

集会案内

一度覗いてみて下さい。誰でも参加できます。(要、参加費)

古田史学の会・関西2020年 2月例会

期日

2020年 2月15日(土)
午前10時より午後5時まで

場所

大阪府立大学I-siteなんば2階 会議室

住所:大阪市浪速区敷津東2-1-41南海なんば第1ビル2階
大阪府立大学I-siteなんばの交通アクセスはここから

  • 地下鉄御堂筋線・四つ橋線「大国町駅(1番出口)」下車、東へ約450m、徒歩約7分
  • 地下鉄堺筋線「恵美須町駅(1-B出口)」下車、西へ約450m、徒歩約7分
報告

会員発表例は例会報告参照

参加費 500円

3月例会は、21日(土)I-siteなんばでおこないます。
関西例会は、毎月第三土曜日午前10時より午後5時です。



古田史学の会・東海 例会

案内は古田史学の会東海のホームページでご覧ください。


新古代学の扉 インターネット事務局 E-mailはここから