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 5月25日改訂

1,古賀達也の洛中洛外日記 へ

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 new1190話new1191話new1192話を掲載

2,5月28日久留米大学で古賀代表と正木事務局長が講演
 (久留米懇親会の参加者募集

 5月29日熊本県和水町で古賀代表が講演

3,古田武彦・古代史コレクション24『古代史をゆるがす
  の目次とはしがきを掲載

 

 

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◎「古田史学」研究サイト@なんば.opu案内
大阪府立大学I-siteなんばまちライブラリーの交通アクセスはここから
開館時間: 月〜土 9:00〜21:00
       日・祝 9:00〜17:00

登録 受付時間:13:00〜20:45(火曜日〜土曜日、事務局員在)
まちライブラリー@大阪府立大学をご利用いただくには会員登録が必要です。
会員登録時に、ICカード実費として3,000円必要です。

住所:大阪市浪速区敷津東2-1-41南海なんば第1ビル3階まちライブラリー内
 アクセスは、南海電鉄難波駅 なんばパークス方面出口より南約800m 徒歩12分
 地下鉄なんば駅(御堂筋線)5号出口より南約1,000m 徒歩15分
 地下鉄大国町駅(御堂筋線・四つ橋線)1号出口より東約450m 徒歩7分です。

「古田史学」研究サイトの蔵書目録です。

 
 

古賀達也の洛中洛外日記
第1189話 2016/05/17

戦国武将、筑紫広門の祖先

 今朝は東京行きの新幹線車中で書いています。午後、東京で代理店と商談を行った後、長岡市に向かいます。明日からは新潟で仕事です。わたしの席のお隣には就活中と思われる黒いスーツのお嬢さんが座られており、心の中で「頑張って」とエールを送りました。

 25年ほど前のことですが、わたしは九州王朝の御子孫調査に取り組んだことがありました。「倭の五王」時代の九州王朝の王家が筑後に割拠し、高良大社の御祭神、高良玉垂命を襲名したことはかなり明らかにできたのですが、7世紀初頭に太宰府(倭京)を造営し、筑後から筑前に戻った多利思北孤の家系や末裔の調査は進みませんでした。現在に至ってもなお不明です。
 その折り、最も精力的に調査したのが、戦国武将の筑紫広門の家系でした。その「筑紫」という姓から、古代における「筑紫君」の末裔ではないかと考えたからです。『太宰管内志』によれば、筑紫神社(筑紫野市)の項に、筑紫広門の祖先は筑紫神社神官との記述があり、ますます九州王朝の子孫の可能性が高まったのですが、結局のところそれ以上調査は進まず、結論には到達できませんでした。なお、筑紫広門の子孫は江戸で旗本となります。ですから関東地方の「筑紫さん」は広門の御子孫の可能性があります。
 筑紫姓で有名な方に、ニュースキャスターの筑紫哲也さんがおられました。面識はなかったのですが、筑紫さんは古田説をご存じでした。わたしは「市民の古代研究会」事務局長時代に筑紫さんからお葉書をいただいたこともあります。古田先生の『「君が代」は九州王朝の讃歌』(新泉社)を衆参の全国会議員と著名なマスコミ関係者に送付したのですが、筑紫さんからだけ丁重なお礼のお葉書をいただきました。おそらく、筑紫さんもご自身の名前と九州王朝との関連を気にされたのではないかと想像しています。
 国家「君が代」法制化問題などが取りざたされていた時期でもあり、古田史学を世に広める絶好のタイミングと考え、「市民の古代研究会」の事業として『「君が代」は九州王朝の讃歌』無償提供を行ったのですが、結局、表だって反応があったのは筑紫さんからのお礼状と、その数年後に公明党京都府本部主催文化講演会に古田先生が講師として呼ばれたことぐらいでした。今思うと、与野党含めて「君が代」問題を学問的に論じるということに興味がなかったのかもしれません。懐かしい思い出です。

 
 

古賀達也の洛中洛外日記
第1190話 2016/05/17

古田先生の断酒

 今日は仕事で新潟県長岡市に来ています。ここはおいしいお酒が飲め、出張での楽しみの一つです。そこで、わたししか知らない古田先生とお酒の思い出をご紹介しましょう。それはまだ「古田史学の会」創立以前のことだったと思います。和田家文書偽作キャンペーンが激しさを増しだした頃のことです。
 あるときから、お酒好きだった古田先生がお酒を飲まれなくなったのです。和田家文書調査のため津軽に先生と二人で行くことが増えたのですが、和田喜八郎さんや藤本光幸さんとの晩餐のとき、和田さんや藤本さんからお酒を勧められても先生は頑として飲まれず、「古賀さん、代わりに飲んでください」といわれ、全てわたしが受けていました。わたしも三十代でお酒も強かったので、お二人から注がれたお酒は先生に代わって飲んでいました。しかし、調査のため訪問していますので、酔っぱらうことはできません。そして和田さんや藤本さんの会話の内容をしっかりと記憶しなければなりません。宴会後はホテルに戻って古田先生と調査のまとめや翌日の打ち合わせを行います。今ではこんな「離れ業」はできませんが、当時は若かったのでいくら飲んでも先生との打ち合わせはしっかりとできました。
 先生が好きだったお酒を飲まれなくなったことに気づいたわたしは、あるとき先生にたずねました。「寛政原本が出るまで『酒断ち』ですか」と。そうすると古田先生は、「それもありますが、お酒を飲むと酔っぱらってしまい、研究ができなくなります。その時間が惜しいのでお酒を飲むのをやめました」と答えられたのです。好きだったお酒よりも、学問研究を優先された古田先生の意志の強さと学問への情熱にわたしは驚いたものです。
 あるとき、そんな先生の決意を知らない藤田友治さん(故人。当時「市民の古代研究会」会長)と先生と三人で食事する機会がありました。藤田さんは古田先生にしきりとお酒を勧められ、わたしは冷や冷やして横で見ていました。案の定、古田先生のカミナリが落ちました。「わたしか飲まないと言っているのに、なぜあなたは強引に勧めるのですか」と叱責される先生。お酒好きの先生のことを思って勧めていた藤田さんはびっくりされていました。懐かしい思い出です。
 先生は冥界ではお酒を飲まれているのでしょうか。それとも「時間が惜しい」と飲まずに研究されているのでしょうか。

 
 

古賀達也の洛中洛外日記
第1191話 2016/05/19

古層の魚名(思いつき編)

 長岡出張も今日で終わり、午後からは東京で仕事です。長岡は日本酒がおいしいので、ついつい飲み過ぎてしまいます。お魚もおいしく、とても良いところです。そんな魚料理を食べながら、古田先生との鮭に関する会話を思い出しました。
 それは魚を神として祀る文化や風習についてでした。糸島の高祖神社の御祭神は「あらがみ」様とも呼ばれていることと、九州では大魚のクエのことを「あら」と呼んでいることもあって、「あら」という魚と荒神は関連があるのではないかというテーマでした。記紀神話で活躍する夫婦の神様、イザナギ・イザナミの名前も鯨の古名「いざな」と共通しており、海洋民族の信仰に基づくものではと古田先生は考えておられました。そして、筑豊地方に鮭を祀る神社(鮭神社。福岡県嘉麻市)があるとのことでしたので、鮭(さけ・しゃけ)の「け」は古い時代の神様を意味する「け」ではないかと申し上げたところ、古田先生もその可能性を認められました。
 そんなことを思い出していたら、鮭(さけ・しゃけ)の「け」が古層の神名であれば、鯱(しゃち)の「ち」も古層の神名「ち」に由来するのではないかということを思いつきました。そうすると鮭の「さ・しゃ」と鯱の「しゃ」は語原が共通するのではないかと思考は進展しました。そこで、ネットで鯱の語原を検索すると、アイヌ語で豊漁をもたらす「沖の神」を意味するという説が見つかりました。だとすれば、鯱を「しゃ」の「ち(神)」とするわたしの「思いつき」も意外と当たっているかもしれません。まだ「さ」「しゃ」の意味はわかりませんが、言素論の応用で解明できればと思います。以上、魚の古名の「思いつき」(学問的仮説のレベルには達していない)でした。

 
 

古賀達也の洛中洛外日記
第1192話 2016/05/21

国家官僚群を収容できない「飛鳥京」

 本日の「古田史学の会」関西例会では、犬山市から参加されている掛布(かけの)さんが初発表されました。
 服部さんからは、律令体制の都における国家官僚の人数と生活に必要な家地の面積と条坊都市の面積の関係について論じられ、前期難波宮にいた国家官僚群を収容できる広さが「飛鳥京」(通説では前期難波宮から遷都した「倭京」を奈良の「飛鳥京」とする)にはないことを明らかにされました。
 正木さんからは、中国洛陽から発見された三角縁神獣鏡を調査実見された西川寿勝さん(大阪府立狭山池博物館)の講演内容について報告されました。とても興味深いのでしたので、西川さんに「古田史学の会」でも講演していただこうということになりました。ちなみに西川さんは「邪馬台国」畿内説に立つ考古学者ですが、「古田史学の会」で講演しても良いとのことです。また、奈良の龍田神や「風祭り」について、本来は肥後における阿蘇神(健磐龍命)の風祭りであったとする研究を発表されました。
 5月例会の発表は次の通りでした。

〔5月度関西例会の内容〕
 1). 古田武彦氏の廻心とわたしたちの結授によせて
 再び古田武彦氏の弟子となる意味を問う(東大阪市・横田幸男〔古田史学の会・インターネット事務局〕)
 2). 宮年号の証明(犬山市・掛布広行)
 3). 「京域と官僚」−藤原宮を中心に考察する(八尾市・服部静尚)
 4). 洛陽から発見された三角縁神獣鏡について(川西市・正木裕)
 5). 橿原市瀬田遺跡の円形周溝暮(川西市・正木裕)
 6). 岡山県造山古墳訪問報告(川西市・正木裕)
 7). 盗まれた風の神の祭り(川西市・正木裕)
 8). 『後代の旧事記』(『先代旧事本紀』)の有効性を探る(東大阪市・萩野秀公)
 9). 前期難波宮の内裏(京都市・古賀達也)

○正木事務局長報告(川西市・正木裕)
 「古田史学の会」活動報告・書籍出版販売状況・6/19会員総会と記念講演会(張莉さん・正木さん)の案内・「東京古田会」藤沢会長ご逝去・久留米大学公開講座で講演・7/02「古田史学の会・四国」正木氏講演会(松山市)の案内・6/24「古代史セッション」(森ノ宮)で古賀発表「古代染色技術と最先端機能性色素の歴史」の案内・7/16関西例会々場が大阪歴博に変更・その他

 

古賀達也の洛中洛外日記
第1186話 2016/05/13

「鎮護国家の伽藍配置」の明暗(2)

 「洛中洛外日記」第1179話「観世音寺の創建年と瓦の相対編年」において、「百済から阿弥陀如来像がもたらされたとすれば、その時期は百済滅亡の660年よりも以前となりますから、白鳳10年創建とする史料とよく整合するのです。(中略)九州王朝説に立てば、文献・現地伝承や創建瓦(老司1式)などの編年とも矛盾しない、白村江戦(663)以前に造営が開始され、白村江戦後の白鳳10年(670)に完成したとする理解が可能です。」と記したのですが、正木裕さん(古田史学の会・事務局長)から疑義が寄せられました。
 百済滅亡以前に九州王朝へ贈られた阿弥陀如来像が10年以上も後の白鳳10年に建立された観世音寺の本尊とされたことについて、「史料とよく整合する」と記した部分が意味不明とされたようです。たしかにここは説明が足りないなと、わたしも懸念を抱いていた箇所でもあり、その心裏を見透かされたような御指摘でしたので、さすがは正木さんと感服しました。
 観世音寺創建について、わたしは次のように考えてきました。

1.九州王朝(倭国)と同盟関係にあった百済から阿弥陀如来像が贈られてきた。その正確な時期と理由は不明(検討中)。
2.その後、百済は滅亡し、同盟国である倭国は百済復興のため唐・新羅連合軍と朝鮮半島で戦い、白村江戦で敗北し、倭王薩夜麻は捕らわれる。
3.太宰府では従来の条坊都市の北部に異なった尺度による条坊を追加造成し、そこに太宰府政庁2期の宮殿と、その東に観世音寺の建設を行う。
4.そしてようやく白鳳10年(670)に観世音寺が落成し、百済から贈られた阿弥陀如来像を本尊として安置した。
5.このように白村江戦敗北や薩夜麻の捕囚などの大事件が続発したため、さらには条坊の追加造成などもあったので、観世音寺創建が遅れた。

 以上のようにわたしは考えていますので、百済滅亡前に贈られた阿弥陀如来像のための寺院(観世音寺)建立に10年以上かかったのも当然としたのです。
 今回の正木さんからのご指摘を得て、貞清世里・高倉洋彰「鎮護国家の伽藍配置」(『日本考古学』30号(2010)所収)について新たな疑問点が浮かんできました。
 それは観世音寺式伽藍配置の特徴として金堂は東向きであり、これは仏教信仰形態(阿弥陀信仰)の影響を受けたとされているにもかかわらず、観世音寺を「鎮護国家の寺」とされたことです。仏教思想や国家と仏教との関係について勉強中なのですが、阿弥陀信仰というものは「鎮護国家」とは少し異なるように思うのです。王家や王族の菩提を弔う「菩提寺」のような性格ではないでしょうか。この点、観世音寺式寺院の阿弥陀信仰と「鎮護国家」を関連付ける積極的な理由が不明です。この点、わたしも勉強したいと思います。
 なお、つい最近になって知ったのですが、摂津の四天王寺(『二中歴』年代歴に見える「難波天王寺」)の創建当時の本尊も阿弥陀如来像だったとする史料があるようなのです(調査中)。わたしは四天王寺(天王寺)も九州王朝の太子、利歌彌多弗利による創建と考えていますから、九州王朝は7世紀初頭において、阿弥陀信仰を受容しており、その影響は観世音寺にまで続いていたと考えられるのではないでしょうか。(つづく)

 
 

古賀達也の洛中洛外日記
第1187話 2016/05/15

久留米懇親会の参加者募集

 今月28日(土)に久留米大学公開講座で、わたしと正木裕さん(古田史学の会・事務局長)が講演します。講演テーマは次の通りです。

正木裕さん 『聖徳太子』は久留米の大王だった
       14:00〜15:30
古賀達也  九州王朝の「聖徳太子」伝承
      ー日出ずる処の天子と肥後の翁ー
       16:00〜17:30
●久留米大学御井キャンパス 500号51A教室

 この講演会終了後に当地の会員や希望される皆さんと懇親会(夕食会)を開催し、親睦を深めたいと考えています。会場への予約も必要ですので、参加希望される方は「古田史学の会」正木裕さん(babdc106@jttk.zaq.ne.jp)までメールでお申し込みください。定員に余裕があれば、当日、会場でも受け付けます。

日時 5月28日(土)18:30〜
会場 寛永通宝 久留米店
   久留米市東町34-32  
   久留米一番街 松竹会館1F
  050-5796-9813
   最寄りのバス停 西鉄久留米駅
   西鉄久留米駅 徒歩5分
   http://r.gnavi.co.jp/f030103/
参加費 割り勘
 ※久留米大学から懇親会場まではタクシーに分乗して向かいます。

 
 

古賀達也の洛中洛外日記
第1188話 2016/05/16

十三弁花紋と五十猛命と九州王朝

 久留米市の犬塚幹夫さんの調査によると、わたしが九州王朝の家紋ではないかと推定している十三弁の花紋ですが、単弁十三弁蓮華文軒丸瓦が出土する遺跡は次のように筑前・筑後を中心として北部九州に分布しているようです。

筑後国分寺跡(久留米市)
堂ヶ平遺跡(広川町)
太宰府史跡(太宰府市)
鴻臚館跡(福岡市)
宝満山遺跡(太宰府市)
浄妙寺(榎寺)跡(太宰府市)
筑前国分寺跡(太宰府市)
菩提廃寺(福岡県京都郡みやこ町)
豊前国分寺跡(福岡県京都郡みやこ町)

 他方、十三弁の菊家紋を紋章としている神社として兵庫県たつの市の中臣印達神社(なかとみのいたてじんじゃ)が知られています。その御祭神を調べてみますとなんと五十猛命でした。わたしにはこの五十猛命に見覚えがありましたので、『太宰管内志』で確認したところ、筑紫神社(福岡県筑紫野市)と荒穂神社(佐賀県基山町)の御祭神が五十猛命(筑紫の神)でした。
 両神社は比較的近傍(基山の東麓と西麓に位置します)にある神社で、御祭神が共通していることから、五十猛命は筑紫と肥の国にまたがる古い神様(天孫降臨以前の権力者)と思われます。
 偶然かもしれませんが、筑紫と五十猛命と十三弁紋が「九州王朝の十三弁紋」という仮説が結節点となって有機的な繋がりが見えてきそうです。調査はまだ始まったばかりですので、あまり断定せずに研究を進めたいと思います。

 
 
史料として古田史学会報 113号まで公開しています。
 

講演会

 

5月28日(土)久留米大学で講演

 毎年開催されています久留米大学の公開講座のパンフレットが届きました。今年は5月28日(土)に正木裕さん(古田史学の会・事務局長)とわたし が講演します。テーマは次の通りですが、九州王朝のお膝元であり、わたしの故郷の久留米市で講演できることを楽しみにしています。

正木裕さん 『聖徳太子』は久留米の大王だった
       14:00〜15:30
古賀達也  九州王朝の「聖徳太子」伝承
      ー日出ずる処の天子と肥後の翁ー
       16:00〜17:30

●受講料 2160円
●定員 100名
●申込締切 5月13日(金)
●久留米大学御井キャンパス 500号51A教室
◎申し込み・問い合わせ先
 久留米大学御井学舎事務部 地域連携センター
 電話・FAX 0942−43−4413
 E-mail  koukai@kurume-u.ac.jp

 当日、講演終了後に当地の会員や希望者のみなさんと懇親会(夕食会)を開催したいと考えています(「古田史学の会」主催)。この懇親会は久留米大学とは無関係ですので、お問い合わせなどは「古田史学の会」にお願いします。

当日も参加可能です。問合せ願います。

 


古賀達也菊水史談会講演

期日 2016年 5月29日(日)
午後1時30分〜
場所

於:和水町中央公民館
熊本県玉名郡和水町江田3883−1
電話番号 0968−86−2022

参加される方は、事前に交通機関で経路をお調べ下さい。
場所の問合せのみに願います。

GoogleMap
菊水インター南1キロ 直ぐ

菊水史談会 主催

講演

九州王朝の兄弟統治
  -- 筑紫舞・都の翁と肥後の翁の真実

 九州王朝の天子、多利思北孤(兄)と「肥後の翁」(弟)という視点でお話しさせていただく予定です。

講師:古賀達也
(京都市)古田史学の会代表

参加費

事前申込不要

資料代500円

 

 


 
 

集会案内

一度覗いてみて下さい。誰でも参加できます。(要、参加費)

古田史学の会・関西2016年 5月例会

期日

2016年 5月21日(土)
午前10時より午後5時まで

場所

大阪府立大学I-siteなんば2階S1会議室

住所:大阪市浪速区敷津東2-1-41南海なんば第1ビル2階
大阪府立大学I-siteなんばの交通アクセスはここから

  • 地下鉄御堂筋線・四つ橋線「大国町駅(1番出口)」下車、東へ約450m、徒歩約7分
  • 地下鉄堺筋線「恵美須町駅(1-B出口)」下車、西へ約450m、徒歩約7分
報告

会員発表例は例会報告参照

参加費 500円

6月例会は、18日(土)I-siteなんばS1で行います。
なお総会・講演会は、6月19日行います。
例会は、毎月第三土曜日行います。




第136回 古田史学の会・四国 勉強会

期日

2016年 6月 4日(土)
    午後1時30分〜4時40分

場所

愛媛県立男女共同参画推進センター
2階 第1会議室

愛媛県松山市山越町450
(伊予鉄本町6丁目電停より徒歩3分)
Tel: 089−926−1633(場所の確認のみにして下さい)

演題
と講師

演題1〜「九州年号」の建元について
   講師〜中山眞一(当会幹事)

演題2〜「魏志倭人伝」の狗奴国について
   講師〜阿部誠一(当会会長)

連絡先 携帯090−8976−8399(事務局長・合田)

参加費 会員500円・非会員の方は1000円
始めてご参加の方は500円とさせて頂きます。

 

 

 



古田史学の会・東海 例会

例会案内は古田史学の会東海のホームページでご覧ください。

 

 

 
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