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神武東征と天孫降臨

神武古道ーー歴史学の本質 古田武彦
『新・古代学』第六集

続・盗まれた降臨神話
─『日本書紀』神武東征説話の新・史料批判ー
  古賀達也 『古代に真実を求めて』第六集

盗まれた降臨神話 『古事記』神武東征説話の新・史料批判
  古賀達也 古田史学会報 48号

『神武が来た道』について 伊東義彰 古田史学会報49号

神武の行った道 西村秀己 古田史学会報49号

神武の出発地とその歌 古田武彦
『市民の古代』第14集 講演録  歴史と歌の真実

『神武が来た道』伊東義彰 電子書籍の案内に一本化

書評『神武が来た道』 横田幸男
「天皇陵の史料批判」『天皇陵を発掘せよ』(三一書房 古田武彦)
 これ以外に、古田武彦の偽書の史料批判教科書犯罪(河内湖の証明)、や天孫降臨神武東侵も、もちろんあります。
 

短里と二倍年暦

仏陀の二倍年暦(前編) 古賀達也 古田史学会 報五十一号より
仏陀の二倍年暦(後編) 古賀達也 会報五十二号
孔子の二倍年暦 古賀達也 会報五十三号より

孔子の二倍年暦についての小異見 棟上寅七 会報92号

 
ソクラテスの二倍年暦 古賀達也 会報五十四号
盤古の二倍年暦 西村秀己 会報五十一号

短里と長里の史料批判(補論)
  論語と孟子の百里(会報四十八号)
『高僧伝』における寿命記事 会報五十六号
荘子の二倍年暦 古賀達也 会報五十八号
『曾子』『荀子』の二倍年暦 古賀達也 会報五十九号
アイヌの二倍年暦 古賀達也 会報六十号

会報六十号より
「二倍年暦」に関する一考察 澤井良介
会員からのお便り 古代戸籍の二倍年暦 肥沼孝治


『九章算術』の短里(会報77号)
 

会員からのお便り(会報53号)
 エジプト年暦と兄ウカシ弟ウカシ 冨川ケイ子
 浦島太郎の二倍年暦 森 茂夫

 
 
短里によって史料批判を行う場合の問題点などについて 
  (会報102号)棟上寅七
 
九州年号
二つの試金石 九州年号金石文の再検討 古賀達也
 『古代に真実を求めて』 第二集 一九九八年一〇月 明石書店
朱鳥改元の史料批判 古賀達也
 『古代に真実を求めて』 第四集 二〇〇〇一年一〇月 明石書店
「宇佐八幡宮文書」の九州年号 古賀達也 会報五十九号
「九州年号」真偽論の系譜 ー新井白石の理解をめぐってー
     古賀達也 会報六十号
続・「九州年号」真偽論の系譜ー貝原益軒の理解をめぐってー
  古賀達也 会報六十二号
『二中歴』の史料批判 古賀達也 会報三十号
法隆寺の中の九州年号 古賀達也 会報十五号

本居宣長『玉勝間』の九州年号 古賀達也 会報六十四号

「太宰府」建都年代に関する考察 古賀達也 会報六十五号
最後の九州年号 -- 「大長」年号の史料批判 古賀達也(会報77号)
 
 
法隆寺移築論争
法隆寺移築論の史料批判
     ─観世音寺移築説の限界─ 古賀達也(会報四九号)

よみがえる倭京(太宰府)─観世音寺と水城の証言─               古賀達也(会報50号)
四天王寺 水野孝夫(会報50号)
法隆寺移築論争の考察 飯田満麿(会報46号)
法隆寺は観世音寺の移築か〈その一〉
        大越邦生 多元四十三号

法隆寺は観世音寺の移築か〈その二〉
        大越邦生 多元四十四号

五重塔の心柱 五九四年の伐採確定に思う
 ーー米田良三氏に聞く(会報43号)

法隆寺の研究 飯田満麿(会報44号)
釈迦三尊の光背銘に、聖徳太子はいなかった(講演集より)

 『古代に真実を求めて』(明石書店)第九集 解説
古田武彦videocasting講演
2005年 1月15日 大阪市中の島公会堂
「釈迦三尊」はなかった

若草伽藍跡と宮山古墳・千早・赤坂村 ─古田先生同行記─
   伊東義彰 (会報 六十六号)
 
九州王朝の近江遷都
九州王朝の近江遷都─『海東諸国紀』の史料批判─(会報61号)
 
 
吉野と熟田津(にぎたつ)
(古田武彦講演記録)
これは大和吉野で持統を歌った歌ではない
万葉集三十六番から三十九番目の歌英文
(さはにあれども 山川の 清き河内と 御心を 吉野の国の 花散らふ )
壬申の乱の大道
これは電子書籍(日本語PDF)のみです。
熟田津論争によせて(会報53号)
 ─福永・平松論稿を検証する─
古賀達也

再び熟田津論争によせて(会報55号)
万葉八番歌 力石巌(会報53号)
 
 
国引き神話と出雲王朝
出雲王朝と出雲銅鐸
古代出雲の再発見 神話と銅と鉄 」(『古代の霧の中から』徳間書店)
国造制の史料批判抄録(HTML版)
歴史の曲がり角(一)
  ウラジオストックの発見(古田史学会報53号)
弥生の土笛と出雲王朝(HTML版)
 
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好太王碑論争
 
画期にたつ好太王碑『市民の古代』第4集 古田武彦
好太王碑訪中団の報告『市民の古代』第7集 事務局 藤田友治
中国の好太王碑研究の意義と問題点『市民の古代』第7集 古田武彦
好太王碑と九州王朝『市民の古代』第7集 古田武彦
好太王碑と高句麗文化について『市民の古代』第8集 
古田武彦
 
直接証拠と間接証拠 好太王碑文《酒匂本》の来歴
『邪馬壹国の論理』ー古代に真実を求めてー(朝日新聞社 絶版)
 
和田家文書
(東日流外三郡誌)
東北の真実 ーー和田家文書概観 古田武彦(『新・古代学』第1集)
東日流外三郡誌とは 和田家文書研究序説 古賀達也
和田家文書(「東日流外三郡誌」等)訴訟の最終的決着について 古田武彦
「進化論」をめぐってーー西欧医学史と和田家文書 上条誠
日本のはじまり 古田武彦(古田史学の会・北海道ニュース第五号)
日本国の原風景
ー「東日流外三郡誌」に関する一考察ー
 西村俊一
「和田家文献は断固として護る」(『新・古代学』第1集)
累代の真実ーー和田家文書研究の本領 古田武彦(『新・古代学』第1集)
和田家文書「偽作」説に対する徹底的批判
ーー筆跡学から「偽鑑定」を正す
 古田武彦
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寛政原本と古田史学 古田史学会報81号
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海の古代史
海の実験場(序にかえて)『海の古代史』(原書房)
倭人の南米大陸への航行について『邪馬壹国の論理』
足摺岬周辺の巨大遺構(土佐清水市教育委員会)
「縄文灯台 ‐灯台実験と縄文語」
国際縄文学協会紀要第2号 PDF版は協会へ)
南米エクアドル、そして北京への旅(『古代の霧の中から』)

La-Balsaにリンクしています
私たちは筏による遠征によって“古代人たちは太平洋を渡り文化交流が
行われていたのではないか”という推論のもと、検証を行います。

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著作 古田史学の会及び提供団体、個人