飛鳥の「天皇」「皇子」木簡の証言 古賀達也(会報184号)
訃報 水野孝夫さんご逝去の報告 古田史学の会 代表 古賀達也(会報185号)../kaiho185/kai18501.html
訃報
水野孝夫さんご逝去の報告
古田史学の会 代表 古賀達也
水野孝夫さん(本会顧問・前代表)がご逝去されました(八十九歳。十月十一日)。謹んでご報告申し上げ、ご冥福をお祈り申し上げます。
ご葬儀は富雄会館(奈良市富雄)で執り行われました。古田史学の会を代表し、正木裕事務局長らと共に参列し、急ぎ作成した「水野孝夫氏 古代史研究年譜」をご遺族に謹呈、棺にも献納いたしました。
水野さんは「市民の古代研究会」時代からの友人で、「古田史学の会」草創の同志でした。一九九四年の本会創立では代表に就任していただき、二十年にわたり、険しく困難な道程の先頭に立たれました。わたしが一番苦しかった時代を共に歩んでいただいた大恩人です。二〇一五年、代表退任後は顧問としてわたしを支えていただきました。
水野さんは京都大学で化学を専攻し、日本ペイントでは研究開発部門の責任者として活躍されました。初代新幹線ひかり号の青い塗料も氏が開発したもので、テスト走行に乗車し、塗装が時速二百㎞の過酷な環境に堪えうるのかを調査され
ました。わたしも現役時代は化学色材の開発に関わっていましたので、教えを請うたこともありました。
公私ともに大恩ある水野さんが亡くなり心が痛みます。あなたの志を引き継ぎ、古田史学の継承と発展のため前進してまいります。長い間、本当にありがとうございました。
【水野孝夫氏研究年譜】
《著書》
編著『市民の古代研究 合本 第一巻』新泉社、一九九二年。
共著『「九州年号」の研究』ミネルヴァ書房、二〇一二年。
《『市民の古代』新泉社》
「古田説とのかかわり」二集、一九八〇年。
「鉛丹と鏡」四集、一九八二年。
《『古代に真実を求めて』明石書店》
「佐賀県に「吉野」を探る」六集、二〇〇三年。
「古田史学「いろは歌留多」紹介」七集、二〇〇四年。
「万葉集二十二番歌」十一集、二〇〇八年。
「禅譲・放伐論争シンポジウム」十四集、二〇一一年。
「長屋王のタタリ」十五集、二〇一二年。
「百済人祢軍墓誌についての解説ないし体験」十六集、二〇一三年。
「聖徳太子架空説の系譜」『盗まれた「聖徳太子」伝承』第十八集、二〇一五年。
「追悼メッセージ 古田史学とわたし」『古田武彦は死なず』第十九集、二〇一六年。
《論文・その他》市民の古代研究会
「囲碁の歴史を調べています」『市民の古代ニュース』№三十二、一九八三年。
「浦島太郎の話」『市民の古代研究』三号、一九八四年。
「古代ギリシア祭文の謎」『市民の古代ニュース』№九十七、一九九一年。
「我々の古代年表をつくろう」『市民の古代ニュース』№百三、一九九二年。
「扶桑・日本・倭国等を併記した金石文」『市民の古代研究』五十四号、一九九二年。
「大宝年号を考える 正朔を改めた? ミョウバンの用途」『続日本紀を読む会論集』一九九三年。
「会の運営について」『市民の古代ニュース』№百二十五、一九九四年。
「わたしの論文は無断掲載された」『市民の古代ニュース』№百三、一九九四年。
《『古田史学会報』》古田史学の会
「わたしはウソつきか 論文無断掲載事件と野村証言に関して」二号、一九九四年。
「『三国志』の文字数」五号、一九九五年。
「聖徳太子は十七条憲法を作らなかった」十号、一九九五年。
「弥勒の出世は陰暦での計算だった?」十五号、一九九六年。
「黒塚古墳見学記」二十四号、一九九八年。
「黒塚古墳出土三角縁神獣鏡 「父母鏡」の発見」二十五号、一九九八年。
「『奥の細道』中尾本異聞」二十八号、一九九八年。
「「富本銭」の公開展示見学」三十一号、一九九九年。
「武雄温泉の御船山」三十六号、二〇〇〇年。
「隋詩「白馬篇」中の島夷・卉服」三十九号、二〇〇〇年。
「佐賀県に「吉野」を探る」四二号、二〇〇一年。
「千里眼随想」四十七号、二〇〇一年。
「山柿の門」五十三号、二〇〇二年。
「菩提僊那僧正像」五十四号、二〇〇三年。
「古田史学「いろは歌留多」選考会」五十七号、二〇〇三。
「大前神社碑文検討応援記」五十九号、二〇〇三年。
「別府・鶴見岳を天ノ香具山とする文献」六十二号、二〇〇四年。
「鶴見岳は天ノ香具山(続)」六十三号、二〇〇四年。
「「本」という字」六十六号、二〇〇五年。
「阿漕的仮説 さまよえる倭姫」六十九号、二〇〇五年。
「泰澄と法連」七十五号、二〇〇六年。
「阿胡根の浦」七十六号、二〇〇六年。
「「オオスミ」の国」八十二号、二〇〇七年。
「私の古代史仮説」八六号、二〇〇八年。
「禅譲・放伐論争シンポジウム要旨 日本国は倭国(九州王朝)の横すべりである」百号、二〇一〇年。
「斎藤里喜代さんへの反論」百五号、二〇一一年。
これは会報の公開です。
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