2024年10月15日

古田史学会報

184号

1,七世紀末の王朝交代説を
 災害記録から検証する
 都司嘉宣

2,飛鳥の「天皇」「皇子」木簡の証言
 古賀達也

3,持統が定策禁中を行って、
 九州王朝を滅ぼした
 岡下英男

4,谷本氏論への疑問
 小島芳夫

5, 唐書類の読み方z
谷本茂氏の幾つかの問題提起について
 谷本氏との対話のために
 國枝 浩

6,清水俊史『ブッダという男』
 古賀達也

 

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清水俊史『ブッダという男』

京都市 古賀達也

一、「新年の読書」に選んだ一冊

 令和六年の「新年の読書」は清水俊史『ブッダという男』(注①)を読みました。著者の清水俊史さんは新進気鋭の若手仏教研究者で、自著(注②)出版に当たり東京大学の某教授らから圧力があり、そのことがアカハラ(教育機関におけるハラスメント。著者の場合は出版妨害)としてマスコミから注目されたこともありました。それが古田先生の『親鸞思想』出版中止事件(注③)と似ていたことから、同書を「新年の読書」の一冊に選びました。同書「あとがき」には、アカハラの経緯や著者の苦渋が赤裸々に綴られています。
「(前略)大学教職に就きたければ出版は諦めろと警告された。(中略)その頃の私は任期付きの研究職にすぎず、立場の弱い者は見殺しにされる現実に打ちひしがれ、筆を折った。(中略)
 これまでの研究人生を振り返ると、艱難辛苦が続き、とうとう世俗の栄達には恵まれなかったが、それでも私を応援してくださる声に与ったことは、仏教者として誠に幸いである。才がありながらも十全に開花させる機会を与えられずに消えていった者たちの無念さは如何ばかりであろうか。
 菩提資糧に励む名もなき菩薩たちに本書を捧げたい。」

 「新年の読書」にこの本を選んだのには、もう一つ理由がありました。それは、釈迦を「男女平等主義者」とする近年の研究動向に疑義を抱いていたわたしに、一つの〝明解〟を与えてくれそうな予感があったからです。

 

二、初期仏典による革新的ブッダ論

『ブッダという男』には、次の解説がカバーに記されており、著者の主張や学説的立ち位置が概観できます。

 「ブッダは本当に差別を否定し万人の平等を唱えた平和主義者だったのか? 近代の仏教研究は仏典から神話的装飾を取り除くことで、ブッダを平和主義者で、階級差別や男女差別を批判し、業や輪廻を否定した先駆的人物として描き出してきた。だがそれは近代的価値観を当てはめ、本来の内容を曲解したものにすぎない。では、ブッダの真の偉大さは一体どこにあるのか。これまでのブッダ理解を批判的に検証し、初期仏典を丹念に読みとくことでその先駆性を導き出す革新的ブッダ論。」

 同書は昨年十二月十日に発行され、本年一月十五日には第二刷が出ていますから、一般読者向けのブッダ論の本(ちくま新書)でありながら難解な内容であるにもかかわらず、このペースで売れていることに驚きました(第三刷も出たことを後に知った)。
 わたしの同書購入動機は、倭国の仏教受容期研究で、仏典に見える女人救済思想と、「変成男子」という女性蔑視を前提とした救済方法の解釈が、現代日本人の価値観や男女平等主義に基づいていることに違和感を感じていたことにありました。その問題意識を「洛中洛外日記」で次のように表現しました(注④)。

〝現代人の人権感覚からすると、女性が救済(福音書:天国に入る。仏典:成仏する。)されるためには男性にならなければならないという、なんとも屈折した方法であり、これは女性蔑視が前提となった思想です。キリスト教学では、このことをどのように説明しているのかは、不勉強のため知りませんが、仏教研究においては中村元氏が原始経典を根拠に、釈迦の言動を次のように説明をしています。

 「このように婦人蔑視の観念に、真正面から反対していることもあるが、或る場合には一応それに妥協して実質的に婦人にも男子と同様に救いが授けられるということを明らかにしている。そのために成立したのが「男子に生まれかわる」(変成男子)という思想である。この思想はすでに原始仏教時代からあらわれている。」中村元『原始仏教 その思想と生活』NHKブックス、一九七〇年、一七七頁。

 おそらく、キリスト教も仏教も女性蔑視の時代や社会の中で生まれた宗教ですから、このような「変成男子」思想が必然的に発生したのではないでしょうか。そうであれば、その当時の女性たちは「変男子」思想を現代人の人権感覚のように女性差別思想(宗教)として退けるのではなく、自らを救済する思想(宗教)として、すがるような気持ちで受容したのではないかとする視点での検証も必要です。その時代の人々の認識を再認識するというのが、古田先生が採用したフィロロギーという学問なのですから。〟「洛中洛外日記」二七六四話(2022/06/16)〝「トマスによる福音書」と仏典の「変成男子」思想 (2)〟

 このような漠然とした問題意識から、実証的でより深い考察に進むために、清水俊史さんの『ブッダという男』は、初期仏典やブッダが生きた時代のインドの思想状況を知るうえで参考になりました。

 

三、女人成仏と「変成男子」思想

仏教学の権威、中村元氏は、仏典に見える女人成仏における「変成男子」思想について次のように説明します。

 〝それ(『勝鬘経』)は、釈尊の面前において国王の妃であった勝鬘婦人が、いろいろの問題について大乗の教えを説く、それにたいして釈尊はしばしば賞賛の言葉をはさみながら、その説法をそうだ、そうだと言って是認するという筋書きになっています。当時の世俗の女人の理想的な姿が『勝鬘経』のなかに示されています。(中略)
 釈尊は彼女が未来に必ず仏となりうるものであることを預言します。〟※()内

は古賀注。中村元『大乗仏典Ⅰ 初期の大乗経典』一三五~一三八頁

 このように述べ、次の結論に至ります。

 〝ここに注目すべきこととして、勝鬘婦人という女人が未来に仏となるのであって、「男子に生まれ変わって、のちに仏となる」ということは説かれていません。「変成男子」ということは説かれていないのです。「変成男子」ということは、しょせん仏教の一部の思想であったということがわかります。〟同一五〇頁

 この結論の前半部分は理解できますが、後半の〝「変成男子」ということは、しょせん仏教の一部の思想であった〟とするのは頷けません。なぜなら、少なからぬ仏典中に「変成男子」思想は見受けられるからです(注⑤)。
 そこで、ブッダ自身の女性観について初期仏典ではどのように記されているのか、『ブッダという男』「第6章 ブッダは男女平等を主張したのか」より転載します。

 〝女性を蔑視するブッダ
 初期仏典には、ブッダが女性を蔑視している資料が複数確認される。たとえば、一般男性と一般女性が次のように比較される。
 (中略)
 【質問者】「では、友、ゴータマよ、女たちは、何を欲求し、何を思念し、何を拠り所とし、何に執着し、何を完結とする者たちなのでしょうか。」
 【ブッダ】「バラモンよ、女たちは、男を欲求し、着飾ることを思念し、子を拠り所とし、夫を共有する女(愛人)がいないことに執着し、〔家庭の〕支配権を完結とする者たちです。」 (『増支部』六集五二経)

 同様の女性蔑視が、初期仏典のなかに満ちあふれている。女性が男性の所有物であるかのような発言や、直接的に女性を侮辱する発言がいたるところに確認される。

 世の支配権が勢力である。所有物のうちで最上のものが女人である。怒りが世の刀錆である。盗賊が世の垢濁である。 (『相応部』一章八品七経)〟
 女は怒りやすい。女は嫉妬深い。女は物惜しみをする。女は愚痴である。 (『増支部』四集八〇経)
  世の女たちは誠に不実である。女たちには際限というものがない。すべてを喰らい尽くす火のように、執着し、傲慢だ。女たちを捨てて、私は出家しよう。遠離して修行するために。(『ジャータカ』六一話)

 このような蔑視発言は、女性に対してのみ向けられている。性別をもとに男性を蔑視するような発言は、初期仏典の中に存在しない。よって現代的な価値観からすれば、仏典に現れるブッダは、明確に女性差別者である。〟

四、ブッダの女性観

 何ともやりきれないような女性蔑視のブッダの発言ですが、同時に著者は「現代の我々が、二五〇〇年前に生きたブッダを女性差別者と指摘することはたやすい。だが、それは不公平な指摘でもある。そもそも古代インドにおいては、男女が同権であるというような意識はまったくなかった。初期仏典から導かれるブッダの女性観は、当時の一般社会におけるものと大差がない。」として、その根拠を提示します。

〝初期仏典のうちには、女性が男性を堕落させる原因であると執拗に説かれている。

 貪欲が邪な道と呼ばれます。貪りが諸々の教えの妨害です。昼夜に尽きるのは若さです。女は清浄行の垢であり、人々はこれに耽溺します。 (『相応部』一章八品六経)

 〔中略〕
 これらの発言とほぼ同趣旨の主張が、バラモン教側の宗教的・社会的規範を記した『マヌ法典』(前二世紀―後二世紀ころ)においても確認される。
 この世において、男たちを堕落させることが女たちのこの本性である。それゆえに賢者たちは女たちに心を許さない。
 女たちは、この世において愚者のみか賢者をも愛欲と怒りの力に屈服させ、悪の道に導くことができる。〔中略〕
 このように、女性は男性を堕落させる原因であるというのが古代インド一般の理解である。初期仏典もその理解に従い、男性の修行の妨げになるという点から、女性が批判されるケースが最も多い。逆に、女性の修行の妨げになるという点で、男性が批判されることはない。〟

 そして、ブッダの男女観を次のように結論します。

〝初期仏典からうかがい知れるブッダの男女観も、これから遠く離れたものではない。〔中略〕
 ブッダが女性差別をしていたという結論を、現代人の多くは受け入れがたいかもしれない。しかし、ブッダは現代人ではない。我々はブッダに自らの願望を語らせることも、現代的な価値観から一方的にブッダを批判することも避けなければならない。〟

 こうした著者の初期仏典の解釈は、初期仏教研究の権威の説や通説とは異なるため、アカハラを受けたことは容易に想像できます。このような傾向が仏教学界にとどまらないことは、わたしたち古田学派の研究者はよく知っています。
 〝「師の説にな、なづみそ」。本居宣長のこの言葉は学問の金言です〟という古田先生の言葉とは真逆にある日本の学問の危うさを深く考えさせられた「新年の読書」の一冊でした。〔令和六年(二〇二四)二月四日、改稿筆了〕

(注)

①清水俊史『ブッダという男 ――初期仏典を読みとく』筑摩書房、二〇二三年。

②清水俊史『上座部仏教における聖典論の研究』大蔵出版、二〇二一年。

③古賀達也「洛中洛外日記」三〇九四~三〇九五話(2023/08/15~18)〝論文削除を要請された『親鸞思想』(1)~(2)〟

④古賀達也「洛中洛外日記」二七六三~二七七四話(2022/06/15~25)〝「トマスによる福音書」と仏典の「変成男子」思想 (1)~(8)〟

⑤今井俊圀「『トマスによる福音書』と『大乗仏典』 古田先生の批判に答えて」(『古田史学会報』七四号、二〇〇六年)によれば、次の仏典中に「変成男子」思想がみえる。
○『大宝積経』唐の菩提流志訳。「彼女皆悉得男身」(大正新脩大蔵経巻十一、一~六八五頁)
○『大宝積経』北斉の那連提耶舎訳。「彼女皆悉得男身」(同、四一四頁)
○『大宝積経』唐の菩提流志訳。「成就八法當轉女身」「是浄信等五百童女人中壽盡。當捨女身生兜率陀天。」(同、六二六頁)
○『大方等大集経』北涼の曇無讖訳。「所將八萬四千亦轉女身得男子身」「尋轉女身得男子形」(大正新脩大蔵経巻十三、一三三頁・二一七頁)
○『大方等大集経』隋の那連提耶舎訳。「尋轉女身得男子身」(同、二四一頁)
○『道行般若経』「是優婆夷後當棄女人身。更受男子形却後當世阿閣佛刹。」(大正新脩大蔵経巻八、四五八頁) ※般若経のなかでも最も成立が早いとされる『道行般若経』は前一世紀には南インドで成立していたとされている。
○『小品般若経』「八千頌般若経」の鳩摩羅什訳。「今轉女身得爲男子生阿佛土」(同、五六八頁)
○『大樹緊那羅王所問経』姚秦の鳩摩羅什訳。「轉捨女身成男子身」(大正新脩大蔵経巻十五、三八〇~三八一頁)
○『佛説七女経』呉の支謙訳。「見七女化成男」(大正新脩大蔵経巻十四、九〇九頁)
○『佛説龍施女経』呉の支謙訳。「女身則化成男子」(同、九一〇頁)
○『佛説龍施菩薩本起経』西晋の竺法護訳。「變爲男子形」(同、九一一頁)
○『佛説無垢賢女経』西晋の竺法護訳。「便立佛前化成男子」(同、九一四頁)
○『佛説轉女身経』宋の曇摩蜜多訳。「速離女身疾成男子」(同、九一九頁)、「無垢光女女形即滅。變化成就相好莊嚴男子之身」(同、九二一頁)
○『順權方便経巻下』西晋の竺法護訳。「五百女人變爲男子」(同、九三〇頁)
○『樂瓔珞莊嚴方便品経』姚秦の曇摩那舍訳。「及轉女身成男子身」(同、九三八頁)
○『佛説心明経』西晋の竺法護訳。「當轉女像得爲男子」(同、九四二頁)
○『佛説賢首経』西秦の聖堅訳。「可得離母人身。有一事行疾得男子」(同、九四三頁)
○『佛説長者法志妻経』訳者不明。「女心即解變爲男子」(同、九四五頁)
○『佛説堅固女経』隋の那連提那舍訳。「捨女人身得成男子」(同、九四八頁)
○『六十華厳』「六欲天中一切天女。皆捨女身悉爲男子」(大正新脩大蔵経巻九、六〇六頁)。

〈編集部注「新年の読書」とありながら、紙幅の都合によりこの時期の掲載になってしまいました。お詫び申し上げます〉


 これは会報の公開です。

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