2008年 2月11日

古田史学会報

84号

 

トロイの木馬
 冨川ケイ子

明日香皇子の出征と
書紀・万葉の分岐点
 正木裕

自我の内面世界か
 俗流政治の世界か
『心』理解を巡って(二)
 山浦純

『 彩神(カリスマ)』
 シャクナゲの里(5)
 深津栄美

松本深志の志に
 触れる旅
輝くすべを求めて
 松本郁子

高良大社系古文書
 と九州王朝系図
 飯田満麿

年頭のご挨拶
 水野孝夫
 書評 松本郁子著
『太田覚眠と日露交流』
 事務局便り

 

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連載小説『 彩神』 第十二話 シャクナゲの里     


◇ 連載小説 『 彩  神 (カリスマ) 』 第十二話◇◇◇

シャクナゲの里 (5) 深津栄美

 −−古田武彦著『古代は輝いていた』より−−
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 「荷持田礼(のとりたのふれ 現福岡県甘木市付近)とは又、随分な僻地だな。」
 「あんな山奥にも人は住んでいるの・・・・?」
 顔を見合わせる従兄妹(いとこ)同士に、
 「若、そろそろ御用意を・・・・。」
 熊襲(くまそ)(=南九州)の使者達が声をかけた。
 「ああ、今、行く。」
 火照(ほでり)が歩き出そうとすると、
 「本当に発つのか?」
 邇々芸(ににぎ)が表情を翳(かげ)らせた。次男が海で消息を絶ったのに続き、長男も父親の許を去ったのでは、邇々芸の懐(ふとこ)ろ刀は失われてしまう。
 「がっかりするなよ、父さん。これも耶馬の足固めの一つさ。」
 火照は快活に笑い、
 「無事、帰っていらしてね、海幸兄様。父様も私も、お婿さんに万一の事があっては嫌ですもの。」
 追いすがる馨(かおる)の額を、
 「将来耶馬を統(す)べるのは、おぬしと香山(かやま)だぞ。大王(おおきみ)たる者、自分の夫や奥方は自分で選ばなくちゃな。」
 親しみを込めて突々いた。
 大王なら自分の伴侶は自分で見つけるべきだ、との火照の言葉は、馨の心に残った。
 父も叔父も、火照か火遠理(ほおり)を彼女の夫にと考慮していたし、馨も、自分は従兄弟と結婚するのだと思い続けて育って来た。実際、火遠理が行方不明になるまで、三人は仲睦じかった。釣りや狩りや遠乗りにはいつも同行したし、音楽や線文字も一緒に習った。ままごと遊びでも兄弟は交代で馨の相手を勤め、争いが起きた事はなかった。だが、自分の伴侶を自分で撰ぶというのは、火照が馨を心の対象とは見ていない証拠にならないだろうか・・・・? 尤も、そうと判っても、傷つく程馨は「女」になってはいなかった。幼い従兄妹同士の間に、恋は芽生えようがなかったのだ。
 火照の言葉で衝撃を受けたのは、むしろ父の邇々芸の方だった。当時の上流社会の婚姻は多分に政略的な意味を帯び、本人の意志など無視されてしまうのが普通だったが、回りからも祝福され、てっきりその気なっているものと親達も考えていた当事者間に、必要な感情が生じていないというのは一大事である。
 邇々芸は野心家だった。末盧(まつら 現佐賀県唐津付近)王志々伎(しじき)の要請で、祖母天照(あまてる)が自分達に〔木〕の国(現福岡県基山付近)打倒を命じた時、邇々芸は地固めがうまく行ったら末盧や伊都(現福岡県〔糸〕島郡)を含む全白日別(しろひわけ =北九州)を支配してやろうと密かに誓ったものだ。その為にも、自分の息子と馨の結婚は不可欠だった。兄に言われるまでもなく、頑強に抵抗する相手には武力で立ち向かわねばならないが、戦(いくさ)は多大な時間と労力を要する。なるべく余計な力は消耗せず、巧みな懐柔策でほしいものを手に入れた方が良い。
 しかし、切り札の息子二人共が自分の許を去ってしまったのでは、状況は一変する。火照は、馨の占いに紫貝や白蝶貝が表れたのなら、火遠理は対海(つみ =対馬)か琉球へ流されてしまったのだろうと言っていたが、南北いずれに漂着したにせよ、連れ戻すには時間がかかる。その間に馨も香山も成長して他国から伴侶を迎えるような事になれば、自分の子孫に耶馬を支配させたいという邇々芸の野望は潰えてしまうのだ。
 (やはり俺自ら)起(た)たねばならんか・・・・
 今なら馨も香山も幼い上、岩長(いわなが)が木の国の残党を身辺に集めて秘かに反乱の機会(おり)を狙っているという口実(こと)で、自分が行動を起こしても怪しまれはしまい。

 邇々芸は決意した。(続く)

【後記】
 古田先生はいつか、吉野ケ里周辺には「於保(おお)」という姓が多数存在する、と述べておられましたが、大伴家持の作中に、
(1) 〔於保〕伎美
(2) 〔於保〕伎見
(3) 〔於保〕吉民
(4) 〔於保〕吉美
 という万葉表記が出て参ります。各(いず)れも「おおきみ」と読み下しているのですが、家持が収集した防人の歌にも、
(5) 〔於保〕伎美(第十四巻三四八〇番。上総、下総、武蔵)
(6) 意富伎美(第二十巻四三二八番、相模。同四三七三番、常陸)
(7) 意保伎美(同四四〇三番、信濃)
 と言う表記があり、同じ「おおきみ」にしても九州と関東では書き方、読み方が異なっていた可能性があります。又、人麻呂も一首だけ、「於富吉美」(第三巻二三九番)と万葉仮名を用いているのですが、何にせよ、この八種類の書き分け全部を、時の大和朝廷の当主一人に当てはめてしまっている従来説には呆れます。少なくとも私には、全部別人としか思われません。(深津)


 これは会報の公開です。史料批判は、『新・古代学』(新泉社)・『古代に真実を求めて』(明石書店)が適当です。

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