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▼資料 ーー九州年号

「九州年号」目録


斎藤隆一作成

 この「九州年号」目録は、全国各地に伝承されてきた文書、あるいは口碑の内容の一部を、諸氏が発見注目し、報告されたものを採集した。中には直接報告されたものもある。これらの豊富な例が、または分布図が何を語りかけているのかは、その啓示を受けた各人の解釈と、研究に委ねたい。
 この目録作成にあたって、その史料を直接間接に提供戴いた方々を次に挙げる。なお、()内は、表中の年号探究者名の略号である。敬称略、あいうえお順とさせて戴いた。石川信吉(I)・岡本[舟益](G)・小山正文(C)・久保常晴(J)・古賀達也(T)・斎藤隆一(R)高田かつ子(K)・高山利之(E)・谷本茂(N)・中村幸雄(Z)・平野雅曠(M)・藤井綏子(A)・藤田友治(U)・古田武彦(F)・前田博司(H)・増田修(O)・丸山晋司(S)・柳川美紀子(L)・山田武雄(B)・横山妙子(Y)

 年代記載については、明治以前をすべて西暦とした。これは、読者の理解度を考慮したためである。
 この目録の、特に第二種「九州年号」については、寺社縁起などによるが、探索が限定されているため、不明な点が多い。そこで、不明な点については、研究者の便に供するため空白のままにしておいた。もし願わくば、読者の方々の近くの寺社に関するところの調査をお願いしたい。もっと詳しい内容の縁起や伝承が残されているはずだからである。その結果をお寄せ戴ければ、史料の充実と発展につながり、これ最高の喜びとするところである。
 この目録に、記載されていない「九州年号」をご存じのかたも、ぜひお寄せ戴きたい。もとよりこの目録は完全なものではないので、研究発展のためには事例が多いほうが統計上の正確度、真実度は増すはずである。目録の充実は、そのためにも必要不可欠であり、今後も「九州年号」発見に応じて追加してゆく必要がある。まだまだどこかに埋もれて眠っているはずの「九州年号」を、ぜひ目覚めさせて欲しい。

一、第一種「九州年号」

〈解〉善記より大長までの三十二年号から、第二種(大化、白鳳、朱雀、白雉、朱鳥)を除いた二十七年号を、第一種と仮称する。これらの年号は、各史料間で異字も多い。従って、ここでは丸山晋司氏が各史料を詳細に比較検討し、洗練された、「モデル年号」を基本とする。異字は( )内に挙げる。なお、原典が同一のものは極力一項にまとめ、また明らかに近世に付加された文献のものは除いた。従って、それらと未確認史料(疑問の残るもの)を含めると、現項目より二割程度増えるが、全体的な地域分布のバランスにはほとんど影響しないはずである。

A 善記、B 正和、C 教到、D 僧聴、E 明要、F 貴楽、G 法清、H 兄弟、I 蔵和、J 師安、K 知僧、L 金光、M 賢称、N 鏡常、O 勝照、P 端政、Q 吉貴、R 願転、S 光充、T 定居、U 倭景縄、V 仁王、W 聖徳、X 僧要、Y 命長、Z 常色、# 大長

二 第二種「九州年号」

〈解〉大和朝廷の、いわゆる「正史」に記述のある「白雄・白鳳・朱雀・朱鳥・大化」の五年号だが、一連の「九州年号」なのか、「正史」の影響下に生じたものなのか、判断が困難である。そこで第一種とは一応切り離して考えなければ、混乱をきたすとの見地から、これら五年号を第二種と仮称する。この第二種は同時に数多くの問題をも含む。その一つは、第一種のような仏教年号とは一転して、瑞祥嘉号であること。その二は年代に異説が多く、かなり乱れが生じていること。その三は、白鳳だけが異常な長さを有していること。その四は朱鳥が「九州年号」かどうか疑問であること(丸山晋司氏による)。その五は白鳳以下は九州王朝滅亡後の唐支配下における年号と思われるが、どのような事情で年号が持続せられたのか。その六は大和朝廷の記す大化とは全く異なる時期に、大化が存在すること。等々。今後の体系的な研究と解明に期することとしたい。

2A白雉、2B白鳳(1)、2C白鳳(2)、2D朱雀、2E大化(1)、2F大化(2)、2G朱鳥

三 第三種「九州年号」

〈解〉孤立した年号にもかかわらず、唯一金石文に残る謎の年号「法興」を第三種と仮称する。尚、この「法興」は年号かどうかも定かではないが、明らかに年号として扱われている史料もあるので、ここに加える。又、古田武彦氏は独自にこの「法興」を「九州年号」であることを論証し、「市民の古代研究」誌上で物議をかもしている。今後の研究の発展に期すこととしたい。

3H法興

(補)尚、次の文献にも「九州年号」が記されている。
1). 『運歩色葉集』(一五四七頃)増田修氏提供。
 僧要・勝照(勝応・勝宝)・天智白鳳・孝徳大化・光充(光元)・仁王・吉貴・大長・法清・孝霊善記・鏡常・常色・白堆金光・正和(正知)の記述在り。(京都大学図書館蔵。その他)
 
2). 『聖徳太子御繪指示』(鎌倉時代写本)小山正文氏、横山妙子氏提供。
 僧要・明要・貴楽・法清・兄弟・蔵知・師安・知僧・金光(大和北葛城郡王寺村達寺所蔵)

3). 『舞の本』中「夜討曾我」(文書は中世成立だが、幸若(こうわか)舞の起源は、古代の白拍子にまで遡るとされる)柳川美紀子提供。
人王二十七代の御門継体天皇の御宇善記三年三月・・・と在り。


「九州年号」目録

『市民の古代』(第11集)

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