2003年8月8日

古田史学会報

57号

1、九州王朝の絶対年代を探る
 和田高明

2、「邪馬壹国」と「邪馬臺国」
 斎田幸雄

3、わたしひとりの八咫烏
 林俊彦

4、可美葦牙彦舅尊の正体
記紀の神々の出自を探るii
  西井健一郎

5、連載小説「彩神」第十話
 真 珠 (3)
 深津栄美

6、桜谷神社の
古計牟須姫命

 平谷照子

7、「古田史学いろは歌留多」
安徳台遺跡は倭王の居城か
会員総会・事務局だより

 

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連載小説『彩神(カリスマ)』第十話 真珠(1)(2)(3) 若草の賦(1)


◇◇ 連載小説 『 彩  神 (カリスマ) 』 第 十 話◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

真珠(3)

−−古田武彦著『古代は輝いていた』より−−
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇深 津 栄 美

何の積りだ、鈿女(うずめ)?」
立ち塞がった男達に鈿女は一瞬、怯(ひる)んだが、素早く身を翻して人々の輪の外へ出ていってしまった。
「すぐ後を──」
 猿田彦の命で、部下達が駆け出す。
「怪我はなかったか?」
 八島士奴美(やしまじぬみ)は姪を助け起こそうとしたが、何を思ったか、下照(したてる)は蹲(うずくま)ったまま叔父の手を払いのけた。
「なぜ、お止めになりました? 私も兄と夫の後を追う事が出来ましたのに……。」
 下照の目から涙が溢れ落ちる。下照は両袖で顔を覆うと立ち上がるや、やはり人垣の向こうへ走り込んでしまった。もみ合った際、ちぎれたのか、紅白の玉葛(かづら)が後に転がっていた。
「余程のぼせていたのだな……。」
 八島士奴美が苦笑して玉飾りを拾い上げると、

「しかし、変ですな。」
 猿田彦が首を捻った。
「納得ずくで下照様を殺(あや)めるならば幾らでも機会(おり)があろうに、わざわざ人前で……何だか、他国の使者団にひけらかすようではありませんかな?」
言われて、八島士奴美も疑わしくなって来た。よく考えてみれば、下照が葬(とむら)いの舞いに加わるのは異例だ。通常、未亡人は殯(もがり)の式(=葬式)では陰で采配を振るい、表立たないものなのだ。
「よろしければ調べてみますが……?」
 猿田彦の言葉に八島士奴美は頷き、一旦拾った玉葛を再び祭壇の前へ放り出した。殯(もがり)の式は八日間行われる事になっていたから、人々が寝静まった後でも祭壇は広場に安置され、篝火(かがりび)の下(もと)には不寝(ねず)番が陣取っている。兄の形見の品を、ちょっと触れた位で取り落とすような雑な扱いをしている事自体、おかしい。ここは素知らぬ風を決め込む方が、案外あっさりと尻尾を出すかもしれない、との猿田彦の進言に従ったのである。
「兵隊さん、遅くまでご苦労様ね。」
 戌の刻(=午後九時)を回った頃、鈿女が不寝番の許へ酒肴(しゅこう)の盆を捧げて来た。番兵達を労(ねぎら)ってやるよう、主人にでも言いつかったのだろう。
「いやア、すみませんなア。」
 若い兵士は、はにかんで杯を受け取る。その拍子に、爪先が丸い物を踏みつけた。
「おや?」
 兵士が目を瞠(みは)ると、
「ああ、下照様の首飾りだわ。」
 鈿女が、泥まみれになった紅白の玉葛をつまみ上げた。
「高価(たか)い物なんでしょうな……?」
 兵士の顔には、畏敬の念と同時に貪欲な色がかすかに表れたが、「いいえ、これは真珠(まだま)に見せかけた偽物よ。」
 鈿女は笑い、
「悪用されちゃ困るから、海へ捨てて来るわ。」
指先にひっかけ、松林の方へ歩き出した。

 その肩を、いきなり押さえつけた者がある。
「神の寄代(よりしろ)が偽物とは、どういう事だ?」
 雪のような眉の下から、鋭い眼光が鈿女を射る。とっさに鈿女は腰の短剣を探ろうとしたが、両手を捻じ上げられ、身動きが取れなくなった。
「さあ、言え。何を企(たくら)んでいるー」
 衿首をつかみ、松の根方に叩きつけようとする猿田彦に、
「ま、待ってよ……そんなに揺すぶられちゃ、口も利けないじゃないの……。」
 鈿女は喘いだ。
 猿田彦は幾分力を緩めたが、手を離そうとはしない。
「お年の割に威勢がよろしいのね、木の国のお爺(じい)さん。」
鈿女は、胸を波打たせながらも媚びるようにほほえみ、
「この分なら、殿方としての精力もさぞやお見事でしょうね。」
左で柔らかく猿田彦の胸を押し、右手の指をヒラつかせて相手の帯にかけようとした。
「バカな真似(まね)はやめろ!」
 猿田彦の平手打ちが、鈿女の頬に飛ぶ。
 鈿女は悲鳴を上げてのけぞり、
「鈿女様、いかがなされましたー」
 不寝番初め数人の兵士が、驚いて駆けつけて来た。
「間者(=スパイ いぬ)だ、殺(や)っておしまい!」
鈿女が猿田彦を指す。
「よせ、わしは木の国の ーー 」
 猿田彦は止めたが、四方から矛や太刀が襲って来て、殴り殺されない為にはこちらも青銅の杖で防戦せねばならなくなった。
「猿田彦、どうしたのだー」
 気配を察して、八島士奴美が近づいて来る。
「木の国の間者(かんじゃ)だ! こ奴らの口を封じねば、大国(おおくに)共々併合は出来ぬぞ!」
鈿女が兵士らに向かって金切り声を上げ、
「何イ、両国を併合?」
「さては、それが汝(うぬ)らの狙いかーーー」
 息を飲んだ二人の足元が、急に崩れた。争っている中に、いつか崖っ縁へ追い詰められていたのだ。
八島士奴美が手を伸べたが一瞬遅く、猿田彦の白い影は大きく波飛沫にもんどり打ち、八島士奴美も目の眩むような一撃を頭に受けた。
「片づきましたぜ。」
 兵士らの嘆息が、上方で聞こえた。
「すぐ、天照(あまてる)様と高木王(たかぎのきみ)、志々伎(しじき)様へも使いの舟を──下照姫には致死量の眠り薬を飲ませておいたから、二度と目覚める気遣いはなし、沖津の宮における大国の血筋は皆、絶えましたと。」
 鈿女の指図に、兵士らは了解して去って行く。
(おのれ、鈿女、それに志々伎・・・!)
 八島士奴美は歯軋(はぎし)りした。かつてみちるを虐待した末廬王志々伎は生きていたのか。七ツ釜の神霊の罰を蒙(こうむ)って海神の犠牲(いけえに)になったとばかり思っていたのに、天国に漂着し、大国の後押しで妹に玉座を簒奪された、と天照夫妻に訴えたのか・・・? だが、詮索している暇はない。息のある中(うち)に、事の次第を故国(くに)へ知らせねば・・・
もがく彼の手にも、丸い物が触れた。鈿女が彼の眉間に打ち下ろした、下照の玉葛だ。
(禁断の血に汚された真珠(まだま)よ、せめて臨終(いまわ)の際(きわ)に真実を伝える事により、本来のおぬしに戻ってくれ──)
八島士奴美は震える手で縄文字を作り直すと、故国へ流れる潮目がけて玉葛を放り込んだ。        (完)

〔後記〕『源氏物語』の玉葛(頭(とうの)中将と夕顔の娘)は筑紫育ちで、彼の地の豪族大夫(たいふ)の監(げん)の求婚に悩まされますが、作者の紫式部も九州王朝の事はよく知っていたようです。ライバルの清少納言が、九州出身の氏族の一つ清原氏の娘であり、父親の清原元輔(もとすけ)が肥後守(ひごのかみ)に任じられた為、納言自身、あちらで育ったようですから。学のひけらかしを疎(うと)まれる納言ですが、ことによると御主人(一条帝の正妻定子皇后)を蔑ろにする道長を屈服させたかったのかもしれません。時の権力者とはいえ、道長は藤原兼家(『かげろう日記』の作者の夫)の妾腹の子、しかも末っ子です。又、『かげろう日記』の作者は、親しくしていた源高明(たかあきら)夫妻が夫との勢力争いに敗れ、太宰府行きとなった時、贈った別れの長歌の中で、
「二つのしまをおもひみよ」
と、歌っているのですが、この「しま」、現代のヤクザ言葉と同じく、「縄張り・領域」を意味し、九州王朝と大和朝廷を指しているのでは・・・?    (深津)


 これは会報の公開です。史料批判は、『新・古代学』(新泉社)・『古代に真実を求めて』(明石書店)が適当です。

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