2011年 6月 5日

古田史学会報

104号

1,九州年号の別系列
(法興・聖徳・始哭)
 正木 裕

2,乙巳の変は動かせる
 西村秀己

3,三角縁神獣鏡銘文
における「母人」と
「位至三公」について
 古谷弘美

4,銀装方頭太刀について 
 今井久

5,再び内倉氏の
誤論誤断を質す
中国古代音韻の理解
 古賀達也

6,「帯方郡」の所在地
 野田利郎

7,卑弥呼の時代
と税について
 青木英利

 

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「三角縁神獣鏡の史料批判 -- 三角縁人獣鏡論」 古田武彦(『新・古代学』第5集)


三角縁神獣鏡銘文における「母人」と位至三公」について

枚方市 古谷弘美

 本稿は古田武彦氏の「三角縁神獣鏡の史料批判 -- 三角縁人獣鏡論」(注一)(以下「三角縁神獣鏡の史料批判」)に導かれて成ったもので、三角縁神獣鏡の銘文についての考察です。「三角縁神獣鏡の史料批判」において島根県神原神社古墳出土の「景□三年」銘銅鏡の銘文について分析が行われている。銘文は「景□三年陳是作鏡自有□述本是京師杜□□出吏人[言名]之位至三公母人[言名]之保子宜*孫壽如金石兮」。古田氏は「母人」についての森博達氏の発見を紹介し、賛成するとともに論を進めている。【この母人の用語が、通例の辞書に出現せず、右のように大蔵経に頻出するのは、これが「白話」(口語体)に属するため知識人用の「辞書」類に出現せず、“大衆教化”のために「白話」を用いた「大蔵経」に頻出するのであろうと説かれた(伊丹読売文化センター講演、二〇〇〇年、六月十日)。正解であろう。
     宜*は、ウ冠の代わりワ冠に且。JIS第3水準ユニコード519D

 以上の「母人」問題の示すところ、それは、私の考えでは次のようだ。
第一、当鏡の鋳鏡者(「鏡師」)は、日本列島人ではない(中国の白話を使う、渡来の中国の技術者<庶民出身>)。
第二、当鏡は、魏朝からの下賜鏡にはふさわしくない(庶民の「白話」使用。この点、後述の「音韻」問題を参照】
 この渡来技術者の故郷、中国における「大衆」自身による白話「母人」の使用例を見つけることはできないであろうか。坂出祥伸氏の『道教とはなにか』(注二)の中に次のような記述を見出した。

【さて中国では近年、後漢時代の墓室や遺趾から資料 ーー 朱書陶瓶・陶罐、鉛券、磚券、買地券、木簡などに、「如律令」の文言を含むものがしばしば見られる。多くは当時の冥界観の様相を示す資料であり、その様相はこれまでの研究でかなりの程度、明らかにされている。(中略)一九七二年、河南省霊宝県張湾第五号後漢墓から出土した朱書陶瓶に書かれた十八行八十二字を例示してみよう。
 天帝使者、勤為揚氏之家安隠(穏)冢墓、勤以鉛人金玉為死者解適(謫)、生人除罪 (過)、瓶到之後、令母人為安、宗君自食地下租、歳二千万、令後世子子孫孫士(仕)宦、位至公侯、富貴、公侯不絶、移丘丞墓□(伯)、下当用者、如律令
 天帝使者、謹んで揚氏の家の為に冢墓を鎮め安穏にす。謹んで鉛人金玉を以て死者の為に解謫し、生人には罪過を除く。瓶到るの後は、母人をして安を為し、宗君は自ら地下の租を歳ごと二千万を食せしめ、後世の子子孫孫をして仕宦せしめ、位は公侯に至り、富貴、公侯は絶えず、丘丞の墓伯に移し、用に当たる者に下せ。律令の如くせよ。】

 ここに「母人」という語が現れている。さらに「位至公侯」は「位至三公」と同羲の文言であろう。そして池田温氏の「中国歴代墓券略考」(注三)によって、河南省霊宝県張湾第五号後漢墓から出土した朱書陶瓶は『文物』(一九七五年一一期)に報告されていることがわかりました。「中国歴代墓券略考」では鎮墓瓶という名称が使われています。神原神社古墳銅鏡銘文と張湾第五号墓朱書陶瓶銘文におけるこのような文言の類似は偶然とは思えない。後漢時代鎮墓瓶銘文と三角縁神獣鏡銘文との比較が必要であろう。

(注一) 『新・古代学』第五集 二〇〇一年三月二〇日 新泉社

(注二) 『道教とはなにか』 坂出祥伸 著、中公叢書、二〇〇五年、九四頁

(注三) 『アジアの社会と文化 I 』 東京大学東洋文化研究所編東京大学出版会一九八二年六月三〇日発行「中国歴代墓券略考」池田温著二七五~二七六頁
瓶○12 漢年次未詳(二世紀後期)弘農場氏鎮墓瓶(一九七二年河南省霊宝県張湾漢墓出土、五号墓出五件、其中四件字迹大部分尚可看出、泥質灰陶、朱書、口径九~一一糎、高一五~一七糎)(甲)(M5・14)
天帝使者、」勤為楊氏」之家、鎮安」隠冢墓。勤」以鉛人金玉、」為死者解」適、生人除罪」過。瓶到之後、令母人為安、」宗君自食」地下租、歳二千」萬。令後世子々」孫々、土宦位至」公侯、富貴」将相不絶。(移)」丘丞墓(伯)、」下當用者、」
如律令。」(中略)文物一九七五年一一期、楊育彬等、七五~九三頁

※森 博達氏の「母人」に関する研究については『東アジアの古代文化』一〇七号二〇〇一年五月一〇日六〇~六五頁(「特鋳説」は幻想だ・訂正増補版)参照


 これは会報の公開です。史料批判は、『新・古代学』(新泉社)・『古代に真実を求めて』(明石書店)が適当です。

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