万葉集は歴史をくつがえす へ

万葉の覚醒 人麻呂の運命 へ

番号は、横田が紹介の都合で付けました。追加すべき項目は後日追加。


歴史の中に隠蔽(いんぺい)された古代史の真実!
一千年以上の時を経て、真実のトビラが、ついに開く!
いったい、あの時ナニが起こったのか!
古人(いにしえびと)が残した深遠(しんえん)なる思いが、今ここによみがえろうとしている!

DVD 701

人麻呂の歌に隠された九州王朝

株式会社アンジュ・ド・ボーテホールディングス

 歌の聖(ひじり)と讃えられた歌人、柿本人麻呂(かきのもと ひとまろ)。その人麻呂が、「吉野宮」について詠んだ歌が、『万葉集』のなかにいくつか見つけることができる。
 しかし実際に歌の舞台と考えられた奈良県吉野におもむくと、その風景と歌の情景が、まったく符合しないことがわかった。

奈良の吉野には
人麻呂の歌った場所が存在しない!

吉野は奈良県の吉野ではない

 それでは人麻呂が描いた「吉野」はどこにあるのか? 歴史のはざまに隠された人麻呂が描く「吉野の真実」とは!

第一巻 吉野幻影

『万葉集』は人麻呂なしではなりたたない
『古事記』『日本書紀』に、人麻呂は登場しない

柿本朝臣(あそみ)人麻呂
朝臣は、臣下としては最高の位(八色の姓)

 

1、人麻呂の歌

『万葉集』巻十一 二三八二
 うち日さす 宮道を 人は満ち行けど 我が思ふ君は ただひとりのみ

『万葉集』 巻四
四九六 み熊野の 浦の浜木綿 百重なす 心は思へど 直に逢はぬかも
四九七 いにしへに ありけむ人も わがごとか 妹に恋ひつつ 寝ねかてずけむ
四九八 今のみの わざにはあらず いにしへの 人そまさりて 哭にさへ泣きし
四九九 百重にも 来及かぬかもと 思へかも 公が使の 見れど飽かずあらむ

神武東侵という歴史認識を歌に読み込む
先人たちの苦しみを時代を超えて思いやる
4つの短歌がドラマを構成

解説例として 新万葉論ー人麿補考ー神武の熊野迂回潜入行P331
『人麿の運命』原書房)

『万葉集』 巻二
二一二 衾道を 引手の山に 妹を置きて 山道を行けば 生けりともなし

 このような歌のなかにこそ、人麻呂のいぶきを感じることができる
 人麻呂はどこで生まれどこで育ったか確かなことはわかっていない。
 人麻呂のリアルな足跡を明らかにすることは、日本の古代の真実を明らかにすることに等しいのである
 万葉集は日本の「イリアス」

 

2、『万葉集』を研究するきっかけ

 天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に 出でし月かも
 (阿倍仲麻呂)
仲麻呂の命運 参照
古代史再発見3 独創古代ーー未来への視点 
(1998年10月4日)1歌 2二つの三笠山

 

3、持統天皇の吉野行幸を詠った歌も(奈良県)「吉野」ではない

『万葉集』巻一
三十六番
やすみしし わご大君の きこしめす 天の下に 国はしも
さはにあれども 山川の 清き河内と 御心を 吉野の国の 花散らふ
秋津の野辺に 宮柱 太敷きませば ももしきの 大宮人は 船並めて
朝川渡り 舟競ひ 夕川渡る この川の 絶ゆることなく
この山の いや高知らす 水激つ 瀧の都は 見れど飽かぬかも
反歌
三十七番 見れど飽かぬ吉野の河の常滑の絶ゆることなくまた還り見む
三十八番
やすみしし わご大君 神ながら 神さびせすと 吉野川 たぎつ河内に
高殿を 高知りまして 登り立ち 国見をせせば たたなづく 青垣山
山神の 奉る御調と 春べは 花かざし持ち 秋立てば 黄葉かざせり
                     [一に云ふ][黄葉かざし]
逝き副ふ 川の神も 大御食に 仕へ奉ると 上つ瀬に 鵜川を立ち
下つ瀬に 小網さし渡す 山川も 依りて仕ふる 神の御代かも
反歌
三十九番 山川も依りて仕ふる神ながらたぎつ河内に船出せすかも

人麻呂の歌ったとされる吉野には滝がない! また国見ができる場所もなかった。"滝の宮子"はどこに消えたのか 吉野川から船出できるのか

 解説 第三十六歌から第三十九歌:
 この歌は吉野で持統に奉(たてまつ)られた歌ではない

 

4、紀貫之が『古今集』で疑問に思った歌

『万葉集』巻三 二四四
み吉野の御船の山に立つ雲の常にあらむとわが思はなくにも
(この歌の古田の解説は歌をクリック)
 人麻呂は「吉野」を題材に詠んで、春は桜、秋は紅葉でなくナゼ雲を詠ったのか

紀貫之が『古今集』で素朴に疑問に思った「吉野」は、本当に奈良県の「吉野」だろうか。
 それでは人麻呂が詠んだ吉野は、いったいどこの「吉野」を指して詠んでいるのだろうか。

 

5、持統天皇の吉野行幸

解説 古田武彦講演記録『壬申の乱の大道』
ナゾにつつまれた持統天皇の吉野行幸
一体ナゼ頻繁(ひんぱん)に吉野に通ったのか?

 

6、持統天皇を歌ったとされる有名な歌

『万葉集』巻三 二三五
 皇は 神にし座せば 天雲の 雷の上に 廬せるかも
 すめろぎは(おほきみは) かみにしませば あまぐもの いかずちの うえに いほり せるかも

人麻呂の歌でもっとも不可解な歌
有名な雷丘は高さ7mの丘、そんな丘に雲がかかるのか?
それでは人麻呂はどこの風景を歌に詠んだのか

第二百三十五歌と第二百三十六歌、二百四十一歌 そして二百五歌
これらの歌は大和で天皇家に奉(たてまつ)られた歌ではない

古田武彦Videocast講演

「神と人麻呂の運命」 部分


7、この歌の吉野は九州です

人麻呂の詠んだ吉野が別の場所にあるとすれば・・・
 ーーこの歌の吉野は九州です。間違いありません。

次巻 正真の吉野

九州の吉野ヶ里遺跡、人麻呂の歌の秘密はここに隠されていた

さらなる謎の追求、
歴史の奥に隠蔽(いんぺい)された真実が、ついに今あばかれる!

第一巻「吉野幻影」終了

 

第二巻「正真の吉野」

 人麻呂が見て歌った吉野には瀧があり、副う川、鵜漁する川があり、 一目で納得できる御船山が聳えていた。

 

第三巻「死地の鴨山」

 人麻呂の死について、斉藤茂吉、梅原猛、が推測した「鴨山」はなかった。 しかし、千数百年経った今も石見(いわみ)を睥睨する「鴨山」は存在している。 そして「石神(いわがみ)」さん、と呼ばれている神社。

 

第四巻「白村江挽歌」

 壬申の乱ではなく、白村江の戦い前夜の「百済、州柔城の戦い」で亡くなった皇子への挽歌。 白村江で捕虜となった筑紫の君の正体!敗戦国…倭国の惨状を歌う人麻呂。

 

第五巻「筑紫懐郷」

 出土した天子の遺品。字紫宸殿、字内裏という地名は、語り継がれた民の口伝の遺跡。 九州王朝の滅亡の歌「荒山中に海成りする」天子の「廬(いおり)」とは?九州年号の跡。

 

平成24年3月絶賛発売中
全5巻1セット定価5,250円(税込)+送料800円(一部離島を除く)

豪華キャスト参加
監修      古田武彦
歌(訓読)   小倉智昭 フジテレビ「とくダネ!」月〜金 朝8時より 司会
ナレーション 大塚芳忠 日本テレビ「NNN Newsリアルタイム」月〜金 夕方 ナレーション
音楽      三原綱木 ニューブリードオーケストラ バンドマスター


これはDVDビデオの案内です。映像とは一致しておりません。
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