国歌「君が代」。明治時代の選定経過によれば、九州に残存していた歌であり、志賀海神社の「山ほめ祭」では神に捧げる歌として「述べ」られる。「千代に八千代にさざれ石のいわほとなりてこけのむすまで」ここには博多湾岸の地名、神社名が連続している。
博多湾岸の王者・筑紫の君の長寿を祈る歌、九州王朝の讃歌だった。古今集の編者はこのことを知っていたであろう。それ故に巻七の賀歌の冒頭に「題知らず、読み人知らず」としてこの歌を入れたのであろう。
「君が代」は、日本列島の人々・わたしたち民族の歴史が、天皇家の歴史よりもはるかに深く、遠く、そして悠遠であったことを、まがうことなく証明している。
『「君が代」は九州王朝の讃歌』(新泉社)
●君が代の源流