三国志では卑弥呼の国との物資のやりとりが記録されていて、両方に絹織物があった。このうち中国産の絹と考えられるものが出土したのは北九州しかない。(布目順郎氏)。 邪馬壹国は北九州にあったことの証明である『邪馬台国徹底論争』。また日本列島弥生期出土全絹製品の分布によっても北九州に限られ、その中心は博多湾岸である。 『古代は輝いていたI』(朝日文庫)