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『なかった ーー真実の歴史学』第二号 序言 中言 末言  古田武彦            2006年12月20日
(スタイルは、中国語版に倣っています。)


序言       古田武彦


 わたしは愛国者である。愛国者は真実を望む。それゆえ虚偽の歴史像を己が国に対して許しえないのである。
 愛国者は伝統を愛する。わが国の伝統は、敵味方を差別せず、敵を祭るにあった。祝詞(注)にもそれはしめされ、親鸞たちの思想もそれを核心とした。河内の楠木正成も、薩摩の島津家も、その核心を決して失わなかった。

 では、明治維新以降、国家が教科書の中で流布させた「近畿天皇家中心、一元」の歴史観は、果たして本当に日本の歴史を貫く真実だったか。
 では、明治維新以降、靖国神社は、大陸や太平洋で殺した膨大な「敵」の民衆や兵士や指揮官を祭ることを、何よりも重んじ、先としてきたか。

 わたしは愛国者である。それゆえ真実の歴史を望み、虚偽を許さない。わたしは伝統を何よりも愛する。それゆえ敵を祭る心を失った人々と国家に対して、明白に「ノン(否)」の一語を告げるのである。

注 六月の晦(つごもり)の大祓(はらえ)


中言


(1).日本の古来の伝統は、「敵」と「侵略者」のひとや神を祭り、哀れむことにある。

(2).その点、靖国神社はこれに反している。西郷隆盛(さいごうたかもり)や近藤勇(こんどういさみ)・土方歳三(ひじかたさいぞう)など、祭られていない。(小泉首相の言明と矛盾。)

(3).さらに、靖国神社のモデルとなっていた桜山神社(山口県下関市)では、「敵」(四国艦隊側)の戦死者八名は祭られていない。この“悪(あ)しき先例”を、靖国神社はうけついだ。「被害者」の、大陸や太平洋における彪大(ぼうだい)な「敵」の死者は祭られていない。(靖国神社内の「鎮霊社」は、狭小。参詣者の多くは知らない。)

(4).島津(薩摩藩主。鹿児島県)は高野山(こうやさん)に「敵・味方を弔う」ための立派な碑を建てた。楠木正成(まさしげ)とその後継者(千早城。大阪府)は「敵」(北条側)のために立派な五輪塔を建て(井戸の上)、「味方」(楠木側)のためには、より小さな五輪塔を添えている。靖国神社とは、逆である。

(5).さらに注目すべきは、日本における「神仏習合」の思想である。神道と仏教とを併せ祭ってきた。たとえば、江戸時代に京都にいた歴代の天皇たちは、それぞれの菩提寺(ぼだいじ 所属する信仰の寺)に葬られている。しかるに、明治維新(一八六八)以降、「神仏分離」の政策によって、この伝統が捨て去られた。靖国神社はこの“新しい立場”に立って、今日に至っている。

(6).九世紀に、比叡山の天台宗の最澄が記したと伝えられる文面(「長講(ちょうこう)金光明経(こんこうみょうおう)会式(かいしき)」)には、「結恨横死(けっこんおうし)」の人々の霊を祭ることがのべられている。“うらみを飲んで、無念の死をとげた人々”のためである。ここには、日本古来の信仰心と心情が、仏教の中で見事に花開いている。その姿が印象的である。

(7).現在、問題となっている「A級戦犯」の問題を考えてみよう。東条首相等が、戦勝国側によって「A級戦犯」と指定され、処断された。この人々こそ、現代における「結恨横死」の代表と言わねばならぬ。それゆえ、彼等を「除く」ことは、日本の本来の宗教精神とは全く相反するものである。いいかえれば、余人の誰よりも、彼等こそ祭らるべき人々なのである。もちろんこれは、彼等に対する「賞賛」などとは関係がない。全く無関係である。この点、わたしには全く疑いがない。

(8).日本の「権威」であり、「シンボル」とされている天皇は、必ず靖国神社に参り、拝礼すべきである。なぜなら、日本の軍隊の兵士たちには、その死にのぞみ「天皇陛下、万歳」と叫んだ人々のあったことが、知られている。けれども「総理大臣、万歳」と叫んだ人はいなかったからである。(参拝は、総理大臣の場合も、天皇と同様である。)

(9).見のがすことのできぬテーマがある。それは、神道以外の諸宗教に対する、天皇の参詣と拝礼である。浄土真宗・浄土宗・禅宗などの仏教諸派、カトリックやプロテスタントのキリスト教、また創価学会や天理教その他、各宗教の行なう「戦没者追弔」の行事に、天皇は逐次、参詣し、拝礼すべきである。明治維新以後、新しく樹立された“国粋的”神道主義の中に「閉じこもる」ことは許されない。

(10).最後に、もっとも重要なテーマについて、ふれよう。最初にのべたように、日本古来の伝統である「敵」と「侵略者」の人々や神々に対して、真摯にして荘厳な「祭りの場」を国家が建設すべきである。たとえば、小笠原諸島(東京都)、たとえば、能古の島(福岡市)などに、百年の歳月の中で、万世の世界に残る「祭りの場」を作り、太平洋や大陸で日本軍のために殺された外国軍隊や外国民衆のために、祈るべきである。あの元冠(十三世紀。蒙古の元軍の侵入)のさい、異国日本の地で没した、モンゴルや中国や韓国の青年たちの霊をとむらわねばならない。従来も、民衆(対馬。長崎県)や僧侶(日蓮宗。福岡市の志賀島)がこれを行なってきた。今、国家の手でその場を設け、天皇はつつしんでこれに参詣し、拝礼しなければならない。それが伝統に立つ日本国民の意思である。

 二〇〇五年九月二〇日


(10).について。
 国家は、小笠原諸島に八十八の女神像を建立すべきである。それは大陸や太平洋において、日本の軍隊によって殺害せられた、すべての「敵」の将兵や民衆の霊を祭るための、万世の平和像である。その地の八丈島には、八十八重比売(やそやえひめ)が祭られてきた。これによる。国家による、島々にまたがる壮大な祭祀場である。東京湾に向かう、すべての艦船や飛行機、そして宇宙衛星がこれを必ずや望み見ることであろう。八十八像の建立は百年後に完成する。一年、一像。一像、一億円(台座等は別。堅にして簡。)。〔ちなみに、総額は衆議院選挙、一回分の費用と大差なし。〕次に、能古の島は古事記と日本書紀の「国生み神話」の一基点とされた「オノゴロ島」のモデル。博多湾岸にあり、朝鮮半島と中国大陸を前にする。安重根や張作森等の霊を真摯に祭る、壮麗な儀場を、国家の手で建立してほしい。〔関西空港周辺には、彼等への「参り墓」としての、美しい記念塔を建立。〕

 


末言


  初夏の道を歩いた。歴史の小道である。竹林の間の風はわたしの老いた心をこよなくなぐさめる。今夕、いのちを失っても、わたしに悔いはない。
 歩きつつ、老いのまぶたの間に夢見る。日本列島で安重根(あんじゅうこん)や張作森(ちょうさくりん)の「霊」が祭られる朝夕の来る日を。そしてアメリカ大陸やアジア大陸や朝鮮半島の中で、いわゆる「A級戦犯」の「霊」の祭られている光景を。人、怒るなかれ。人、笑うなかれ。人、横を向きたまうなかれ。そのとき、この宇宙の中に歴史の女神が真の歴史認識をもって立ち現れ、万世の泰平を地球が知り、輝く朝夕がこの竹林をつつむであろう。


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著作  古田武彦