古賀達也の洛中洛外日記
第509話 2012/12/27

NHK大河ドラマ「平清盛」雑感

 NHK大河ドラマ「平清盛」が終わりました。巷では視聴率が最低だったとか、場面が暗い汚いなどと散々な評判のようですが、わたしはなかなかの名作と思いました。NHK大河ドラマで、わたしが全編を見たのは「平清盛」と「龍馬伝」だけです。どちらも面白かったのですが、平安時代末期という時代背景や、登場人物の名前が「平○○」「源○○」「○○法皇」「○○上皇」ばかりで、わかりにくかったことも視聴率低迷の要因かもしれません。
 しかし、わたしは平安時代の勉強になりましたし、場面の多くが地元の京都市内ということもあって、とても身近に感じられました。それと豪華俳優陣、中でも常盤御前(牛若丸の母)役の武井咲さんや、清盛の妻・時子役の深田恭子さんらの平安時代の衣装をまとった美しさも魅力的でした。清盛役の松山ケンイチさんの演技や特殊メイクも回を追うごとに迫真さを増し、良かったと思います。この「平清盛」は後世必ずや再評価されるに違いありません。
 古代から中世に移る源平の時代ですが、鎌倉時代に入ると、それまで諸史料に散在していた九州年号が、各種年代暦や『二中歴』(鎌倉時代初頭の成立)などの文献に「九州年号群」史料としてまとまって出現・成立するようになります。この現象を、近畿天皇家という古代王権が衰退したため、別王朝(九州王朝・倭国)の年号である九州年号の「使用」「記述」がはばかられなくなったためと、わたしは理解してきました。ところが、どうもそれだけではないのではないかと思うようになりました。
 もしかすると、中世以降の文献に九州年号が「頻繁」に出現するようになったのは、本当に九州王朝の存在が忘却されたため、別王朝の年号という認識が無いまま「使用」「記述」されたのではないでしょうか。その証拠として、ほとんどの九州年号使用「年代暦」などは、6〜7世紀の九州年号が701年からは近畿天皇家の「大宝」年号へと「継続」した表記となっているからです。何者かはわからないまま、古代史料に遺された九州年号を近畿天皇家の年号と「同類視」し、両者を疑うことなく「継続」表記させたと思われるのです。
 もちろん、例外もあります。江戸時代成立の『襲国そのくに偽僭考』などのように、明確に「九州年号」という表記があり、このことから九州年号を「九州地方の年号」とする認識がうかがわれます。宇佐八幡宮文書にも「教到」を「筑紫の年号」と記されている文書のあることが知られています。これも、九州年号を「筑紫地方の年号」と理解していた痕跡です。
 こうした若干の例外はあるものの、ほとんどの場合は九州王朝の存在が忘却され、「九州年号」が「使用」「記述」されているのです。こうした九州年号史料の日本思想史的な考察・研究も、これからの古田学派の仕事でしょう。
 さて、来年の大河は「八重の桜」です。綾瀬はるかさん演じる山本八重(同志社創立者新島嬢の妻)の生涯をドラマ化したものです。わたしの娘の母校である同志社大学からも新島八重の生涯を漫画で綴った小冊子が送られてきました。なかなかの力の入れようですが、創立者の奥さんの生涯がNHK大河ドラマとなるのですから、当然でしょう。人気女優の剛力彩芽さんや黒木メイサさんも出演されるとのことで、来年の大河ドラマも楽しみにしています。


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