古賀達也の洛中洛外日記
第477話 2012/10/02

「三経義疏」九州王朝撰述説

 今日は仕事で綿業会館(大阪市中央区)を訪問しました。同会館は旧東洋紡関係者からの寄付により建てられた歴史的建築物です(重要文化財・昭和6年完成)。高層建築ではありませんが(6階)、内部は天井も高く、内装にも重厚感があり、わたしは気にいっています。商業ビルとして繊維関連団体や企業が入居しており、今も現役で活躍している重要文化財です。周囲には日本毛織やトーア紡・丸紅などの繊維・アパレル関連企業のビルが林立しており、まさに「繊維街」と呼ぶにふさわしいエリアにあります。
 さて、476話で触れました石井公成さんの論稿で、わたしが最も注目したのが「三経義疏」が「国産」であり、同一人物による撰述の可能性を指摘されたことです。もしこのことが正しければ、古田説では『法華義疏』は九州王朝の天子、上宮法皇(多利思北弧)が集めた国産の本ですから、他の『勝鬘経義疏』『維摩経義疏』も九州王朝内で集められた同一人物撰述による「国産」の本ということになります。
 そうすると、今回中国で見いだされた『維摩経義疏』残巻末尾の九州年号「定居元年」を含む二行も、定居元年(611)での加筆であれば九州年号を使用している人物によるものであり、後代追記であれば、やはり九州年号を知っている人物によるものとなり、いずれにしても九州王朝内あるいは九州年号の影響下(九州年号の歴史的実在を疑っていない)で成立したことになります。
 こうした理解から、九州年号「定居元年」を含む二行を、九州王朝の存在が忘れられた近代の中国人による追記とする韓昇さんの説は成立困難と思われるのです。しかしながら、やはり現物を見てからしか「結論」は出せません。先走りすることなく、時間をかけて研究したいと思います。(つづく)


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