古賀達也の洛中洛外日記
第383話 2012/02/10

ジャパン・ヤーン・フェア


 昨日今日と、愛知県一宮市で開催され第9回ジャパン・ヤーン・フェアを見学してきました。一宮市は繊維織物の町として有名で、羊毛加工では日本一の生産地です。おそらくきれいな水に恵まれた地であったため、繊維加工が明治以降に盛んになったものと思われます。
 今回の第9回ジャパン・ヤーン・フェアでも、ご当地(尾州)の繊維加工技術が世界一のレベルであることを実感させる、すばらしい織物や衣服が展示されていました。中にはどうやってこんな複雑な構造を持った生地ができるのだろうかと、素人には想像もできない斬新な織物やニットの展示もありました。
 弥生時代の日本列島において、絹織物の先進地域が北部九州(博多湾岸や佐賀県吉野ヶ里)であることは著名です。三国志倭人伝では中国からの下賜品や倭国からの献上品に絹織物が多数記されています。たとえば「紺地句文錦」「白絹」などで、これら中国絹が出土した弥生遺跡は福岡県の須久岡本遺跡ですし、倭国産の絹の出土も福岡県と佐賀県だけです。近畿の弥生遺跡からは出土していません。
 「邪馬台国」論争で、しばしば「考古学的には近畿説で決まり」などと口走る方がいますが、わたしには全く理解不能な妄言としか思えません。倭人伝に記された倭国の様々な文物(鉄器・銅矛などの青銅器鋳型・弥生時代の銅鏡・他)の出土は、北部九州・糸島博多湾岸を中心とした分布を示しています。考古学が学問であり科学であるのならば、そしてその考古学者に学問的理性と良心があるのならば、「考古学的にも邪馬壱国は博多湾岸で決まり」と言うほかないはずなのです。
 ジャパン・ヤーン・フェアを見学しながら、そのようなことを改めて感じました。日本古代史学も、はやく尾州の織物産業のように、世界レベルになってほしいものです。そのためには「日本古代史村」も現代日本の繊維産業のように、世界との競争原理にさらされる必要があるようです。


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