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市民の古代・古田武彦とともに 第二集  1984年 6月12日 古田武彦を囲む会事務局 編集委員会
 
歴史への旅

わたしにとって古田武彦さんとは

青木洋

探検者、古田さん

 わたしは古代史には、あまり関心がありません。しかし、古田さんには、なぜか興味があります。
 朝日新聞社出版局の桜井孝子さんからいただいたお電話、それが古田さんとわたしとの、ご縁の始りとなりました。そして、お会いした一時間半の間に、私は、古田さんを探検者であると、思うようになってしまいました。
 では、なぜ古田さんが探検者であるのでしょうか。
 学界の常道からはなれた古田さんは、歴史の荒野を歩く、孤独の旅人であります。しかし、論理に導びかれてそれがいずこに至ろうとも、古田さんはこれからも歴史探求の旅を続けていかれるのに違いありません。高峰は、さらにそびえていることでしょうから。
 では、この孤独の旅人には何が支えとなっているのでしょうか。
 率直な問と疑問、それが古代史探求の、古田さんの出発点であります。ということは、問と疑問に答える交流の場が必要となりましょう。ところが、古田さんの問は、学界からは、無視され続けているそうであります。
 こうして、問を無視された古田さんは、古代史探求では、不審=まちがいではなく、異質なものとして受け入れるべきだと、新たな問も発しておられます。その問を支えるのは、研究者は、自分の解釈の誤りが明らかにされれば、自らをも批判しなけれぱならぬという、ご自分をも含む厳しい姿勢でありましょう。
 真理を探求するものの間には、対等な論争が必要であります。論争とは、争うためにだけあるのではなく、異質なものを創造へもたらしてこそ、はじめていかされるものなのです。
 その場を閉めだされてしまった古田さんには、孤独の道しかなかったのかもしれません。しかし、そのために、かえって先例のない歴史探求の道を進まれておられるのでしょうか。

交流とは

 何かを主脹をしたり、解釈や理倫をつくりだすには、その理由となる論拠と、論拠の裏づけ、実例である事実が必要であると、私は考えています。論争=異説と交りを結ぶとは、論拠と事実を明示することによって、はじめて成りたちます。なぜなら、解釈だけをいくら主張されても、勝手な物語りを聞かされているようなものだからです。データをどのように組みたて、解釈をしたのか。それが明示されてはじめて、うんなるほど、いやここはおかしいと、いうこともできるわけです。


 つぎに、データのもととなる事実のとり扱いが、問題となります。
 どこが問題なのでしょうか、それは、自分にとって都合の悪い事実を認めることは、つらいことであるからです。三角縁神獣鏡が国産であることを認めるのは、近畿説者には、さぞつらいことでしょう。しかし、事実は、都合の良い悪いにかかわらず、あるがままに認めるほかはありません。
 もう一つは、事実を集める姿勢の問題であります。私たちはあらかじめ仮説をたて、その仮説にとって都合のよい事実だけを求めがちであります。自説に不都合な事実は集めない。そこにあっても見えない。見えても無視する。量の少いデータは、くみとらない。既成概念や先入観をもって集められたデータは、このようにして、片よりがちとなるときがあります。
 対象は、三六〇度の角度から、あるがままに観る。これが、論拠の裏づけとなる、事実集めにとって、大切な姿勢であります。
 またこうした方法によって組みたてられた主張ならば、その構造が一目りょう然ですから、実にわかりやすい。わかりやすさとは、自論との相異もわかりやすいということであります。
 こうしてルールにのっとった論争は、異論に交りを結び、さらに創造をも、もたらすことができるであろうと、私は考えています。

私の探検

 私はいま、「ヨットの免許・船検制を考える会」に、入っております。なぜ参画しているのかといいましたら、この集いは、日本の未来を拓く探検隊であると、考えているからです。
 ヨットにのるのに免許が必要となったのは、約六年前です。船検を受けねば、ヨットが走れなくなったのは、去年の八月からであります。
 これに対し私たちは、何かおかしいと感じています。車とちがい、ヨットは人に危害を加えません。それなのに規制がいるのでしょうか。つまり、遊ぶ自由を守りたいと、私たちは主張しているのです。遊びとは、自主的な行為、楽しいこと、この二つを満たしている行為のことです。遊びは、わたしの生きがいでもあります。
 遊びの領域にまで、管理の手が及ぶ時代は、希望のもちにくい時代であります。こうした現代の日本杜会は、管理杜会か参画杜会かという岐路にさしかかっているのであると、私は考えています。はたして、日本にどのような未来があるのでしょうか。
 「ヨットの免許・船検制を考える会」は、生きがいのもちにくい現代を超え日本社会の未来はどうあるのかを、遊びを通じて探検しようとしています。
 ではなぜこれが探検なのでしょうか。
 探検とは、未知の領域へ踏みこむことであります。探しものがわかっていないのに、行動することでもあります。何を探すのか。事実→データを求めるのであります。何のために事実を集めるのか。それは、データが何をさし示しているのか、知りたいからです。
 何を知りたいのか。日本に、人類に、未来はどうあるのか。まだ誰もさし示していないこの道を、わたしはどうしても知りたいと願っているからであります。

わたしにとって古田さんとは

 古代史には、私はあまり関心がないのにもかかわらず、古田さんには、興味があります。それは、探検者古田さんが、どのような方法で古代史探検を行っておられるのであろうか、教えていただきたいからかも知れません。古田さんを観察させていただきたいからかも知れません。
 また、「囲む会」のみなさまにも、ぜひ交流・観察させていただきたいと、わたしはねがっております。
(本文は川喜田二郎氏創始のK・J法を使いました。)


 これは参加者とご遺族の同意を得た会報の公開です。史料批判は、『市民の古代』各号と引用文献を確認してお願いいたします。
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