2007年12月 8日

古田史学会報

77号

日本書紀、
白村江以降に見られる
三十四年遡上り現象
 正木 裕

2古田・安川対談
『東日流外三郡誌』
と「福沢諭吉」
 大下隆司

九州古墳
文化の展開(抄)
 伊東義彰

装飾古墳に
描かれた文様
蕨手文について
 伊東義彰

九章算術の短里
 泥 憲和

6彦島物語IIー外伝I、
多紀理毘売と田心姫
(前編)
 西井健一郎

7 『 彩神 』第十一話
 シャクナゲの里2
 深津栄美

最後の九州年号
「大長」年号
の史料批判
 古賀達也

9書評
遣唐使・井真成の墓誌
 水野孝夫
 事務局便り

 

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連載小説『 彩神』 第十二話 シャクナゲの里     


 

◇ 連載小説 『 彩  神 (カリスマ) 』 第十二話◇◇◇

シャクナゲの里(2) 深津栄美

 −−古田武彦著『古代は輝いていた』より−−
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 食事の終る頃、火照(ほでり)が老僕の塩椎(しおつち)と疲れた様子で、入って来た。
 「山幸兄様は見つかった?」
 飛び立つように聞く馨に、
 「いいや。」
 火照は首を振ったなり囲炉裏端に腰を下ろし、自分であり合わせの碗に麦粥をよそってかき込み始めた。馨が食べ残した果物や焼き魚も、みるみる平らげられて行く。
 「そんなにおなかが空いていたの?」
 馨が呆れると、
 「飢え死にしそうだ。昼から何も口にしていなかったんだものな。」
 火照は一気に白湯(さゆ)を飲み干し、
 「山幸め、どこへ行っちまったんだ・・・・?」
 大きく息を吐いた。
 「若、もうよろしいですか?」
 塩椎が覗き込み、
 「ああ、満腹した。」
 火照が頷くと、
 「では、お后様の所へ参りましょう。」
 素焼きの小壺を抱えて立ち上がった。
 「爺(じい)、これもお届けして。」
 馨が、急いで赤と黄の組紐を壺に巻き付ける。
 中国大陸では既に墨文字が発明され、周辺諸国にも伝播し始めていたが、倭地ではまだ草の葉を結んだり、幹や石に丸、
角形、何本かの線を刻んだりする通信法が一般的だった。
 「何の伝言だ?」
 火照に問われて、
 「明朝(あす)の日の出祭りにきっとおいで下さいって。」
 馨は、奥殿へ向かう老僕を、羨ましそうに眺めた。子供達も父の天火明(ほのあかり)も岩長の室には立ち入り厳禁で、塩椎初め数名の選ばれた従僕だけが伺候(しこう)出来るのだった。儀式の際、母の裳裾(もすそ)を掲げたり、幣(ぬき)や酒瓶を渡したりする彼らを、
 (いっそ自分も奴婢に生まれれば良かった・・・・)
 馨は何度妬んだ事か。
 「日の出祭りねえ・・・・。」
 火照はあらぬ方を見やり、
 「本当に伯母上はいらっしゃるのかな?」
 首を捻ったが、
 「あら、大丈夫よ。明日のお祭りは、熊襲(=南九州)の使者団(おつかい)をお見送りするんですもの。」
 馨は無邪気に言った。
 父祖の故郷の天国は以前から琉球(=沖縄)、投馬(つま 後代の薩摩)など南方諸国と交易していたが、香山(かやま)の誕生を聞いた「熊襲」、もしくは「隼人」と総称される国々が、お祝いの使者団を寄こしたのである。彼らは明日、帰国するので、天火明は耶馬王家の示威の為にもと朝毎に立花(たてはな)山頂で行う「日の出祭り」に、一同を招待しようと計画していたのだ。
 だが、火照が懸念した通り、岩長は翌朝の「日の出祭り」に現れなかった。
 「頭が上がらない程の発熱なのか?」
 自ら呼びに来た天火明の前で、
 「はい・・・・。」
 塩椎は、申し訳なさそうに首を縮めた。
 屋内からは苦し気な呻吟が漏れ、侍女らしい白い影が水に浸した小裂(こぎれ)を絞ったり、床に横たわった女(ひと)の頭上に載せてやったりしている。
 「やむを得ん。鏡の祭司(つかさ)は、馨にやらせよう。」
 火明が痛まし気に言うと、
 「仮病じゃありませんかね?」
 一緒にいた邇々芸(ににぎ)が、疑わし気に眉を寄せた。
 「建御名方への恋患いってのが真相じゃないかな?」
 「バカな事を言うな!」
 火明は弟をたしなめ、
 「祭司(つかさ)には、玻璃(るり)と琥珀の御統(みすまろ)の玉が必要だ。今だけ娘に貸してやってはくれまいか?」
 塩椎(しおつち)に言った。
 老僕は一礼して入って行ったが、すぐ戻って来て、
 「琥珀は安産祈願に社(やしろ)に納めた故(ゆえ)、皇子(みこ)誕生の折、葦原の中(なか)つ国(現福岡県那珂川付近)より献上された翡翠(ひすい)玉で代用されては、とのお后様の仰せにございます。」
 と告げた。
 天火明は一瞬、顔をこわばらせたが、
 「・・・・判った。」
 あっさり踵(きびす)を返した。
 邇々芸の歯が下唇に食い込む。
 「強情を張り通しても無駄だぞ。大国は滅び、建御名方は諏訪湖の八坂媛と一緒になったんだからな!」
 兄を追って行きながら、邇々芸は奥を睨(ね)めつけ、どなった。    (続く)

〔後記〕「テナヅチ」、「アシナヅチ」、「ヤマタノオロチ」は各れも「チ」圏の神、との古田説。今度の話は、「海幸山幸神話」が土台ですが、これも「ウミサチ」、「ヤマサチ」となり、やはり「チ」圏の神々という事でしょうか。     (深津)


 これは会報の公開です。

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